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#67 スクールランブルVSネギま!
投稿者:LD <2005/04/22 04:13>
> 「ネギま」との相似性、かつ絶対的な違い。同じ山を違うルートから登るような、不思議な邂逅が伺える両作が同時連載と考えると、何やら不思議なシンクロニティーが味わい深い。

参考データ

「スクラン」と「ネギま」の絶対的な違いというのはけっこう面白い話題だと思います。マンガ家としてのレベルは赤松先生が数段上であり、小林尽先生は一介のルーキーに過ぎないという前提がありますが、それを前提に考えたとしてもちょっと面白い。

まず両作品の一番の違いは「男子生徒」の有無でしょうね(笑)これはハッキリしています。そして単に物理的な違いだけでなく、作家性の違いをも顕しています。先ほどルーキーに過ぎないと言いましたが「スクラン」という作品のポテンシャルの大きさとして、たとえば今鳥恭介と冬木武一という“二人の女好きのキャラ”が、そのまま描き分けられている事なんかがあると思います。これけっこう凄い事です(笑)「萌え」系の女の子を出している後で、奈良も吉田山もそして西本願司もサラリと描いてしまう。実は「萌え」を研鑚し続けた作家さんはこれができない(笑)天性のキャラバランスの良さを感じます。

逆に赤松先生はこういった事がほぼ全くできない(笑)男性キャラは元より実は女性キャラについても決して最初からサラリを描いているわけではなくシミュレーションにシミュレーションを重ねて設計した結果の賜物に過ぎないと思われます。ネギくんや、コタローを扱えているのは彼らが“中性のキャラ”だからに他ならず、これが男性キャラともなれば、タカミチ一人を“回す”のに息せき切るはめになるわけです(笑)……が赤松先生の凄いところは「描けない自分」を「描ける自分」に変えようとはせず、苦手は苦手と認めてあくまで自らの武器(美少女妄想)を延ばし、苦手は要所の必要最低限に抑えているところではあります。…なのであの“悪魔じいさん”くらいの事はできるわけで(笑)ここらへんが赤松先生のレベルの高さを物語るものだと思います。

もう一つ重要な事として「ネギま」クラスは全員ヒロイン制という形であり、「スクラン」クラスはあくまで主+傍制であるという事が言えます。「ネギま」はクラスメート全員がヒロイン足り得る(誰でもヒロインになれる)設定を持ちつつ、なおかつストーリーとして無理なく“回す”目的で設計されていますが、「スクラン」はたとえ美少女といえど雪野や隣子(列伝参照ね!)はあくまでワキであり余計な設定や特徴を持つ必要はなく、背景でありさえすればよいという視点で描かれます。
勿論、絶対にスポットライトを浴びる事はないと言うわけではなく、この場合、本当に何の特徴もない娘がスポットを浴びるから嬉しい話なのであって、ローテーションが約束された全員ヒロイン制にない感動が宿るわけです。
あと「スクラン」の単行本を買うと分かるのですが小林先生のキャラの設定、大雑把です(笑)というか多分にアナログで、ここもデジタルの赤松先生と対象的です。器の小っちゃい作家だとキャラ付けというと「誕生日/星座」とか「血液型」とかに拘るんですけどね。僕はそういうのだけのキャラをテキストキャラクターとかデジタルキャラクターとか言って揶揄していて、赤松先生なんかはそれの総本山的な人ではあるのですが(笑)なにしろ赤松先生はフローの設計が綿密で(綿密な設計の結果、不具合が逆にいい感じのアルゴリズムになるくらいのレベルまで来ている)あんまどうこう言えるレベルじゃなくなってますね(笑)