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「あずみ」の剣技

“解説”のない戦い
 現在、ビックコミックス・スペリオールで連載している、「あずみ」(作・小山ゆう)は面白い。その内容は幼少のころから暗殺者として育て上げられた少女「あずみ」が“敵”を次々と打ち倒して行くというチャンバラマンガ。まことに単純で、少年マンガによく見られる『串ダンゴ・バトル』と基本的な構造は何ら変わりない。ただ「あずみ」には“解説者”がほとんどいない。あの、戦いと戦いの一瞬の交錯の間に割って入り、時にコンマ一秒にも満たない時間のあいだに1000文字以上の言葉を並べ立てて、戦いを盛り上げてくれる、あの“解説者”のことである。
 こういったマンガの戦闘シーンは非常に味気なく感じ、さらりと流して読んでしまい、数奇な運命に翻弄されるあずみのドラマに注目しがちだが(いや、確かにドラマも重厚なんだけど)どっこい「あずみ」は断じて剣劇中心の『串ダンゴ・マンガ』であると、ぼくは言ってしまおう!では、その短い戦闘のページをいかにして読むのか?まず、とにかく括目して読む!そして「なにぃ!あの剣の間と間に割ってはいるのか?!とんでもねー!」とか言って自分でマンガにツッコミを入れる!つまり「あずみ」“解説者”には、読者である自分らがなっていくのである。
 これは、めんどくさい作業のようにみえて実はとても楽しい。“解説のない戦い”は何も「あずみ」だけの特徴ではないが、剣劇などという一瞬で決着がついてしまう“一撃必殺当然”の状況をよく表していると思うので、「あずみ」の中で気に入ってるバトルを挙げてみて、ぼくなりの“解説”をここに書き出してみた。「あずみ」を読む人なら誰でもやっているとは思いますが・・・

大塚兵衛との戦い
 豊臣秀頼の“お気に入り”として大阪城に潜入したあずみは、軍略家「大塚兵衛」の暗殺を指令されていた。普段は大勢の護衛に囲まれ自らの剣の腕も高い大塚兵衛が、ただ一つ、大阪城の庭は一人で散歩するときがあるという。その道筋を待ち伏せしていたあずみだが「そこにいるのは誰かな?」と一発で気配を覚られてしまう。仕方なく姿を見せるあずみだが、そこにいたのはいかにも人懐っこそうなおじいさんで、天下に大乱を招く恐ろしい軍略家と聞いたあずみのイメージとあまりにかけ離れたものだった。
大塚兵衛「おーっ!可愛い娘だねぇ。この広い庭園の掃除をしておったのじゃな。そりゃ大変じゃのう、ご苦労さん!お!そうそういい物を持っていた!・・・どうじゃ!きれいな手鞠じゃろう!孫のみやげに買ったんじゃが、孫には帰りにまた買うから、おまえさんにあげよう。わしにもちょうどおまえさんぐらいの孫がいるんじゃよ」
あずみ「う、受け取れません・・・」
(無邪気に手鞠を差し出して近づく老人に、戸惑いながら間違い無く大塚兵衛であることを確認すると、あずみは自分の正体を明す。一瞬、呆然とする大塚兵衛)
大塚兵衛「・・・おまえさんどんな育てられ方をしてしまったのじゃ・・・そんな可愛い顔をして・・・わしの孫と同じ年頃で・・・普通に育てばこういう手鞠で楽しく遊んでいる年頃ではないか・・・」(といって手鞠を差し出す)
あずみ「もう、しゃべるな。行くぞ!」
大塚兵衛「・・・ほれ!これを受け取りなさい!」
(大塚兵衛は手鞠をあずみに向け軽くはずませる。次の瞬間、兵衛とあずみの対決がはじまった!)
 (画、ちゃんとでてます?)これだけである!しかし、そのたった2ページの中に様々な情報がつまっている。まず小刀の鞘で兵衛の居合の軌道をわずかにずらし、自身の刃は手鞠の陰にかくしてそのまま心臓を貫くことに成功している。手鞠は兵衛があずみの“注意をそらす”ために使ったもので、敵の手から出た物を無拍子で利用してしまう呼吸は修練のたまものとしか言いようがない!形勢的に結果的に「手鞠に気を取られていたのはむしろ大塚兵衛」ということになってしまう!すごい!
 もう一つ解説しておきたいのは二人の精神状態だ。セリフのやりとりを見て分かる通り、あずみは兵衛の人間に触れてしまいほとんど殺気を抜かれてしまっている。かえって兵衛はここはじじいの老獪さというか、一瞬で少女を始末する“戦闘神経”を作ってしまっている。あずみが暗殺者と分かった時点で兵衛の人懐っこさが演技に変わったと解釈することもできる。(ぼくは、そうは考えて無いが)いずれにせよ精神戦では兵衛が上だったのに、にもかかわらず兵衛が負けてしまったのは、あずみの“技”が圧倒的に勝っていたからであろう。

最上美女丸との戦い
 あずみたちを育てた“爺”こと「小幡月斎」と少年暗殺者たちの最後の生き残り「あずみ」と「ひゅうが」を抹殺すべく大阪方の「真田幸村」が放った刺客が「最上美女丸」である。「受け太刀不要」と刀に鍔を入れず、まず相手の指を狙って刀を持てなくして、じわじわと戦闘力を奪いながら残忍に殺していく。動きが異様に素早く、爺もひゅうがもほとんど歯が立たなかった、恐るべき敵である。この美女丸とあずみの対決がぼくは好きなのだが、その前に少しだけ美女丸の強さの“解説”をしておきたい。
 ひゅうがはこの美女丸と互角の戦いを演じ、そして敗れてしまうのだが、このときに美女丸の計略ともいうべき“隠し技”が判明する。はじめぼくは美女丸が「刀に鍔を入れないのはその自惚れから」「指ばかり狙うのはその残忍性から」と思っていたのだが、ひゅうがとの戦いで美女丸がはじめて“受け太刀”をして、そしてひゅうがを仕留めた時その正体を知った。本来二刀流なのに一本しか刀を持ち得ず、相手は互角かそれ以上とみたひゅうがは考える「よーし!鍔のない手を狙ってやる!」だがそこでひゅうがは、手を狙いにいったのを見透かされたように脇差で受け太刀され、大刀で腹を斬られてしまう!つまり美女丸の計略にはまったのである!(それも美女丸の本性には違いないが)「刀に鍔を入れないのはその自惚れから」「指ばかり狙うのはその残忍性から」と思わせておいて実は「鍔を入れないのは手のスキを強調するため」「指ばかり狙うのは相手に手を狙う手段を気付かせるため」だったのだ!これはシビれた!ケレン味のつよい男にみせておきながら、何と恐るべき“兵法者”か!
 しかしそこまで美女丸の恐ろしさを見せ付けておいて、あずみとの対決はやはり一瞬で終わってしまう、そこがいい!構えもせず進んでくるあずみに戸惑いながらも美女丸は直接顔を狙いに行く、今回の決まり手はあずみがその美女丸の切っ先をただ見切っただけ!歩速をわずかに弱めて美女丸の剣をノーモーションでかわしたあずみはそのまま直進して斬撃する!美女丸はそれを何とか受けるが、すぐに来た二手目、柄の小刀が脇腹に滑り込むのにはなすすべが無かった・・・

 紙一重でかわすというのは、それだけで絶対勝利ものである!むしろ一撃目をなんとか凌いだ美女丸を誉めたいくらいである。しかしこれがマンガの世界ではなかなか表現されることがない。皮肉にもバトルが主体のマンガになればなるほど、返ってそれら戦いの厳しさが表現されなくなることすらある。あずみはそういった部分を見事にクリアして楽しませてくれる、優れたバトル・マンガだと思う。同時にその何も語られぬページに詰まったあまりの情報量に、圧倒されてしまうのである。

'98-8/23 LD津金

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