# モズグス様フォーエヴァー!!…(2) 投稿者:LD
[2001/11/19_00:10]
|
1.モズグス様言行録
今回「生誕祭の章」を解読して“ベルセルク論”まで持って行こう……かな〜?っと思っているのですが、とりあえず、モズグス様から行こうかなと。(実はモズグス様自身は“ベルセルク論”とはあんまり関わらず、ホントに「生誕祭の章」を盛り上げるためだけに存在しているキャラなんだけど)
モズグス様のキャラを表すのに代表的なエピソードがあります。「生誕祭の章」の第10話「影の塔@」で、寺院への献納品の輸送隊を襲った(というか、なし崩しに強奪していった)難民たちの中に、死にかけの子供を抱えた母親がいて、哀願する「お願いです!死にかけているんです!今すぐ神の御加護が必要なんです!」一瞬たじろぐファルネーゼの背後から、颯爽と現れるモズグス様。
モズグス「私がこうしてここに居合わせたことも、彼女が我が子のために禁を犯し私の前に捕らえられていることも神の御導きなのでしょう」
そう言って、赤子を寺院の医者に診せ、法王庁に援助の要請を出していることと、献納品の中から食糧の何割かを難民に分配するよう院長に自分みずからかけあってみる事を約束する。
そして、母親を拷問部屋へ連れて行く!寺院の輸送隊を襲った罪人として!
モズグス「この地獄の様な光景も法王庁の一面。神とは慈愛のみこの地上に降り注ぐものではありません厳格な裁定者でもあるのです」
こええ。なまじ善意を施しているだけに絶対許してくれそうにない(笑)慈悲を施すことも善行なら、刑罰を与えることも善行なのでしょう。
あと、やっぱりあの人たちだと思う。モズグス様の弟子たち(笑)全員、異形の姿に生まれつき人々から迫害されて、モズグス様に拾われた。
モズグス「私はむしろお前たちがこの様な姿で生を受けたことには意味があると思う。それは神がお前達にお与えになった運命なのだよ。(中略)選ばれし神の子らよ、誇りと、信仰を持ちなさい」
これに“身が震える程”の感動を受けたカラスくん(←仮名)はじめとした弟子たちは健やかに拷問執行人として育って行くわけです(笑)カラスと戯れる双子さんもそうですが、「自分のことしか考えないそういう卑劣な奴、オレ許せない」と言ってくれるヤットコさん(←仮名)なんか、健全に育ち過ぎて涙がでちゃう(笑)全てモズグス様の教えのおかげでしょうね!
僕が何をそんなに喜んでいるのかというと“こういう物語”はあり得ると思うからなんだよね。
日本人の感覚からいくと(僕も日本人の範囲でしか考えられないけど)一神教の信仰というのは時についていけないものだし、モズグス様みたいなのは狂信者で“悪”…というかそれ以前に気色悪い(笑)そこら辺の感覚を深くつっこんで行くと話が長くなるし…ついでに言うと最近、世界で起こっている事とひっかけて話をしたいという欲求もあるけれど、それもやめちゃっちゃおう!(笑)ただ、僕は“こういう物語”はあり得ると思っている!うん。
…で、「ベルセルク」の世界の神様は(日本人の感覚で)善い事もすれば悪い事もすると、だから、だから、モズグス様も(日本人の感覚で)善い事もすれば悪い事もする…それだけの事なんだね。
それで「このような姿で生まれたことには何かの意味がある」と言ったモズグス様が弟子たちに、どんな意味を見出したかと言うと…要するに
彼らのそのおっかない容姿が拷問執行人として、この世に人の恐れる“地獄”を顕現するのに最適だと(笑)
だから、審問官の職務についた自分と彼らが出会ったのは“運命”なのだと。“神の御導き”なのだと言っているんですよね(笑)いやいや、だまされてるとかそんなんじゃなくって、モズグス様も慈善事業で彼らを救ったわけではなくって、彼らを必要としたから拾ったのだと、だからやっぱりそれは善い出会いだったんだと(笑)
ふう〜、今回は何かいい話をしてしまった気がするなあ(笑)後はもう、たまごっちさん(←仮名)の手引きで“天使化”したモズグス様がガッツと大迫力の死闘をやらかすだけなので、これは本編で楽しんで欲しいです。時おり見せるモズグス様のお茶目さに作者の愛情を感じます(笑)最初にも書きましたが、物語の構造としてはモズグス様はガッツと大乱闘やらかすためだけにいたのですから、それにしてはいろいろとオプションがついて愉快な“悪役”に育っています。
最初、モズグス様が信仰を“贄”にして使徒化するの?そんな事あり得るの?とか思ってハラハラしながら読んでいましたが、そんな事もなく、さりとて弟子たちを“贄”にすることも無く(これは恐い)信仰に生き、信仰に死んで行ってくれて、本当に愉しかったです。
…さて次は、ルカ姉さんの話かな?→
|
|