■[ゲーム諸評][ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス、あるいは音楽の話(笑)] ルイ >> ☆☆☆☆:※序盤時点。遊んでいて、僕が最初にイメージした名前はボブ・ディランです。・・・・いやホントに(笑)。次、ポール・マッカートニー・・や、ホントに(笑)。ジョン・レノンやジミ・ヘンドリックスになれなかった「生き続けるしかない神」の、地への降り方を考えさせられたというのが正しいところで、音楽が趣味なだけにそれらの名前が先ず浮かんだという事です。神(カリスマ)は、いつまでも神で居られない。それは彼ら(や、ゼルダ)の価値を減じるものではないのですが、どこかで「それ」を認める必要があって。その点、僕の中ではボブ・ディランが「昔のように曲が書けなくなった」と発言した事実は、相当にショッキングだったと同時に「潔く、かっこよかった」んですね。それと同じものを感じましたよ、と。ディランは60年代「神」でしたが、音楽界への貢献はそこで済んでいます(ポールはウイングスまで)。でも同時に彼らが駄目になったかといえばそんな事はなく、80年代の「オーマーシー」は名作なわけです(ポールは「フラワーインザダート」)。過去と現在を等価値に見られないほうに問題があるんであって、彼ら自身は堂々と過去を誇って、輝きを減じても生き続ければいいと思うのです。それが指針にもなるし、格好いい。・・・というわけでこの「ゼルダ」、開始数分で4つゲームが思い浮かびました。「ICO」「ワンダと巨像」「大神」そして「ゼルダの伝説(特に、時のオカリナ)」。パクリだなんだと糾弾する気はありませんが、これらのゲームを錬金術で混ぜ合わせれば、トワプリになるのは事実です。まあ、口で言う程簡単ではないので、その高次でまとまった錬金術の仕事ぶりをこそ楽しむのが「今のゼルダ」なのだろうと思います。オリジナルである事を必死で守り、誇ろうとする必要は、もうないんだなと。そのゼルダの自然体のあり方に、軽く感動しました。や、楽しいですよ。・・・・・ところで馬に名前つける時、ノータイムで「アグロ」にしましたが何か(笑)。 <2007/03/19 22:07> [返] [削] |
漫研ノート
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