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まぼろしの女王「卑弥呼」(ムロタニツネ象の世界1)
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卑弥呼・・・紀元3世紀ごろ、昔の日本(倭)の国の多くを支配する邪馬台国の女王となり巫女として国を治めた。中国の三国時代の魏に使者を送りそのことが記録に残る。卑弥呼の死後、男王が立ったが国が治まらないので、卑弥呼の娘で十三歳の台与が女王になった。

 学研まんがの作家陣の中で僕が一番好きなマンガ家はムロタニツネ象先生だ。明るくのびやかなキャラクターもさることながら、どこか宗教ともいえるような信念の世界があって知らず知らずのうちに感動する、そんなマンガを描く人だ。昔、「地獄くん」という「墓場の鬼太郎」タイプのマンガを描いていたらしいが、そのことはもっとずっと後々に知った事で僕にとっては“学研歴史マンガのムロタニ先生”なのである(笑)そのムロタニ先生の中でも秀逸なでき栄えをみせるのが、この「まぼろしの女王『卑弥呼』」である。
 まあ、当然といえば当然なんだけど。なにしろ邪馬台国に関する歴史的資料は少なく、基本的には「魏志倭人伝」に朝貢が伝えられるのみ。その前後にどんな事件が起こっていたかも分らない謎の時代である。だから逆にいえば作家が好き放題に物語を創れる自由な時代といってもいい。それをムロタニ先生はかなりやりたい放題に描き上げ、古代ロマンを感じずにはいられないような見事な一大叙事詩を完成させてます。
 物語は卑弥呼が邪馬台国の女王となることを輔けた三人の男達の数奇な運命によって描かれている。一人は弓彦。弓の達人で卑弥呼に邪馬台国の将軍となる予言を受けそれに邁進する。後に史実にのこる“難升米”として扱われる。いかにも主人公でカッコよく、勇猛果敢な邪馬台国の勇者として描かれる。一人は田狗彦。卑弥呼の弟にして卑弥呼の予言を聞き届けることのできる唯一の人物。姉の卑弥呼が女王になったことにつけこんで自らが王となることを企む。一人は海彦。外国との貿易を行い、“難升米”と共に中国に渡った“牛利”として扱われる。外国との交易の為、いくらかの外国語と漢字を知っている。

 物語は、まず狼に襲われてる卑弥呼たち巫女見習いを弓彦たちが助けるところから始まり、やがて狗奴国との戦争で大巫女と正反対の予言をして的中した卑弥呼が邪馬台国の女王になる。卑弥呼は政治外交の面でも優れた能力を発揮し全てが順調に思えたが、卑弥呼の宣託を唯一聞き届けることのできる実弟・田狗彦がやがて自らが王となる野望を持ち始める…という具合に進んでいく。
 ああ、この作品のどこがどうやりたい放題なのか書こうと思ったが、あまりにやりたい放題なので一々書いてらんない!(笑)印象的なのは卑弥呼が女王として立つ前に、奴国との戦争があり、そこで邪馬台国の勝利を予言した大巫女(老女)と、逆に敗北を予言する卑弥呼の巫女交代劇。予言をはずした大巫女は夕日に染まる赤い海に自らを沈めて自殺する。やがてこれは弟の田狗彦の偽の予言によって卑弥呼の身で再現される事になる。宿敵・狗奴国に無謀な戦争を仕掛けた邪馬台国は大敗北し、最後まで卑弥呼の予言を信じて勇敢に戦った弓彦も戦死してしまう。そしてそれを知った卑弥呼は「田狗彦…そうまでして王になりたかったのですか。おまえの治める邪馬台国に平和は来ませんよ」と言い残し、民衆に一言の良い訳もせずに夕日の海へ身を投じる。これは泣ける!
 しかし本当にやりたい放題なのは、卑弥呼が娘の台与を身ごもる話だろう。田狗彦も「まずいな…しかし一体誰の子だ?」と訝しがるが、卑弥呼は上手く言葉をはぐらかして誰が父親かは言おうとしない。まあ、子供が読んでるなら本当に処女受胎と思ってればいいんですが…大人が読めばこれはもう間違いなく弓彦が父親なんですね!!!(笑)冒頭のシーンが卑弥呼が狼の群れに襲われてるのを弓彦が救い。そしてそのお礼に弓彦が邪馬台国の将軍となることを予言する。そのマンガ的運命的構成から観ても、弓彦が田狗彦の手配で死の危険のともなう魏への使いに出すと決まった時、一瞬途惑いの色を見せるのも、何より生まれた台与を抱えて弓彦の前で「あなたのような強い男の子かと思っていましたが女の子でした」と言ってますからね!これはつまりムロタニツネ象先生は卑弥呼と難升米には関係があったと言ってるんですよ!うっひゃぁぁぁあ!すごい脚色!(笑)しかし、そのことを二人はおくびにも出さず振舞い続ける。このマンガの主旨としてそんなことを表に出せるはずもない、という事もありますが、それが反って語られぬメロドラマを想像させて…う〜ん、奥が深い!やっぱこれムロタニマンガの中でも最高傑作だわ!(笑)

 それとあともう一つやりたい放題が。ムロタニ先生、生まれてきた台与に“口が利けない”という設定を与えています!そして卑弥呼の死後、王になった田狗彦(←実はこの人、僕はけっこう好きなんですけど、まあ別の機会に…)によって、その事を原因に追放されてる。そしてそれを生き残った海彦が輔け、まだ貴重である漢字の書き方を教えて、クーデターにより田狗彦を倒し、再び邪馬台国に女王が立つ、というエピローグを迎えて終わります。う〜感動だぁ(泣)しかし、ムロタニ先生、台与が口を利けないという設定は僕はつい最近まで信じちゃってましたよ!

1999/5/6 LD津金

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