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大仏にこめたいのり「聖武天皇」(ムロタニツネ象の世界2)
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聖武天皇・・・紀元8世紀ごろ、天平時代の天皇で各地に国分寺国分尼寺を設け、鎮護国家のため奈良に巨大な大仏を造った。

 この聖武天皇、僕は人物日本史の初期の段階で刊行された人物だったので「絶対にすごい偉人なんだ」(後期になると必ずしも有力じゃない人物も取り扱うようになる)というイメージのみの“刷り込み”があったのだが、調べてみればけっこう主体性の薄い人物なのがわかる(笑)この天平時代というのはマンガ的読み物的には文句無く主人公にできるようないわゆる“英雄”はいない。国土は頻繁に疫病と飢饉が流行し、政治は権力争いが絶えず、しかし強力な独裁者が現れるワケでもなく、なんとなく小さく反乱も起こっているという、非常に煮え切らない時代だったのだ。あくまでマンガ的にはね!(笑)あえて英雄的な主人公を選ぶとすれば、全国に独自に道場や橋を築いた“行基”、天平のナイチンゲールともいわれる“光明子”なのかもしれないが、その一生を追うには必ずしも資料はそろっていおらず、やっぱりこの時代で資料バッチリなのは政治劇なのである。笑っちゃうほど“陰謀丸見え”のね(笑)逆に“子供向け”という観点をとってしまえば面白い時代ではあります。、藤原氏は不比等から絶え間なく一筋縄では行かない政治家を送り出しつづけ、また遣唐使留学組の僧や官吏からのエリートがそれに対抗するという構図が続き、未だ藤原天下が必ずしも定まらないという波乱の時代。しかし誰を主人公にするにせよ“子供向けマンガ”で陰謀や暗殺を旨とした人物を据えるわけにはいかないというこのジレンマ(笑)結局、ひっぱり出されたのは、主体性は感じづらいがそれゆえ清廉なイメージを残し、大仏建立というこの時代最大の事業を興したこの人物、聖武天皇という事になる。そしてムロタニツネ象先生は大仏建立が必ずしも民衆に支持されたものではなかったのではないかという匂いを残しながら、権謀術数渦巻く平城京でそれでも大仏にこめた祈りは真実“天平”であったという、一大叙事詩を描くことに成功している。(当然ながら130ページあまりで!)

 物語は主人公となる聖武天皇こと首皇子(おびとのおうじ)と後に皇后・光明子となる安宿ひめが出会い、そして二人が乗った馬が暴走し、そこを行基に助けられるところから始まる。その後、行基は民衆を先導し朝廷にとって脅威ともいえる存在になって行くのだが、聖武天皇はこれに静観し、ただただ仏の力に恐れ入るばかりというリアクションをとる。そして最後には大仏建立の指導者として迎え入れる。直接の接触はこの冒頭と、そして大仏建立の時の2度しかないのだが、行基という僧は聖武天皇に大きな影響力を与える人物として描かれ、そして物語を支えるもう一つの視点となる。この二人の再会の時が物語最大のクライマックスとなっており、ムロタニツネ象先生は実にムロタニ先生らしくこのシーンを盛り上げてシビれさせてくれている。たった二人無言で近づき、向い合う二人、行基の目には仏が輝き(笑)二人の目線に火花が散る。聖武天皇はたった一言「…やってくれるか?」行基も「…やりましょう!」う〜ん、カッコいい!!この独特の間というか宗教観ともいえるようなセンスがムロタニ人物歴史マンガの最大の魅力の一つであります。
 そして、この「聖武天皇」には“藤原氏の野望”ともいうべきもう一つの物語がある。藤原不比等までに築いた強大な権力を受け継いだ藤原四兄弟(この呼び方でいいのかなあ?)が政敵であった長屋王をあからさまな謀殺によって追い落としたのもつかの間、天然痘によって全員死亡。その間隙を突いていわゆる遣唐使組みの玄ム、吉備真備などの台頭を許す。しかし仲麻呂が再びジワジワとかつての藤原氏の力を取り戻そうと策謀を巡らす。この底流に聖武自身も大いに翻弄される。微妙な描かれ方をするのだが、血なまぐさいのだ。非常に血なまぐさい。表では光明子の献身、聖武の清廉、行基の事業が描かれながら、裏では藤原氏の謀略の数々がしっかり示唆される。
 特にに藤原仲麻呂が気に入っています。描かれ方がすごくいい!藤原四兄弟の死後に、群臣に混ざって現れ、名前も明かされぬまま次第に要所要所の発言をして行くようになり、聖武天皇の悲願であった大仏建立をあきらめかけたその時、朝廷の目の上のコブであった行基を推挙することによって、一気に大舞台(正確には大ゴマアップ(笑))に踊り出る!!同時にこの時はじめて彼が藤原仲麻呂であったことも判明し、クライマックスである行基と聖武天皇の感動的な邂逅の裏で、仲麻呂はドアップをかまして「大仏造りを藤原氏の勢いを盛り返すのに大いに利用させてもらうぞ!ワハハ…」と高笑いをする場面が、もう一つのクライマックスとして物語りは幕を閉じて行くのです…。この清濁入り混じって描かれる叙事詩が「聖武天皇」の最大の魅力といえるでしょう。
 

2000/4/12 LDつがね

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