#86 Re:東城は何故勝てなかったのか? |
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> …しかし、そこまで東城さんが弱かったのはなんでなんだろう?……友達がいなかったからかなあ、マジで。普通、東城さんのようなキャラだと活発な親友とかをつけたりしてフォローする。この場合すぐに“あきらめモード”に入る東城さんを鼓舞する…といった動きをとるのですが、そこらへんの駒の足りなさが将(真中)を詰め切れない事になってしまったかなあ。 考えてみると、東城みたいな引っ込み思案な性格というのは、「ラブコメマンガ」の「メインヒロイン」というカテゴリではかなり珍しくないでしょうか(ちゃんと統計取ったわけじゃなくて印象だけで言ってますが、最近の4大誌だと、他には「エイケン」ぐらいしか今思い当たりません。普通は、「おとなしめ」という性格づけのキャラでも、言うべきときはポンポンものを言うものだし、手も出るときは出る。それができないキャラは「メイン」ヒロインにはならず3番手、4番手くらいのポジションにつく)。この性格はこのカテゴリの中じゃマンガを展開して行く上で明らかに大きな(致命的とさえ言える)足枷で、GiGiさんがおっしゃる「ヒロインとしての魅力に欠ける」というのもその辺りと強く関連しているんじゃないかと思います。今さらながら、この性格でよくも19巻も話を持たせたもんです。 このマンガには普通のラブコメの枠からはかなり逸脱しているところが他にもあって、女の子同士が「いがみ合わない」んですよね。普通ラブコメマンガだったらヒロインたちが主人公を取り合って直接的にいがみ合う(軽くにしろ、重くにしろ)描写を用いて、主人公に自己投影している読者を喜ばせる、という手を使うんですが、「いちご」はそういう展開に入ることは注意深く避けてる(入りそうになると、作者権限によるハプニングが発生して回避される)。これは、そうやっていがみ合う醜い姿を見せるのがしのびない、という作者の女としての思いやりが現れているのかなあ。「いつもパンツばかり丸出しにさせてしまってスマン。せめてあんたたちには『きれいな姿』だけを見せてやるようにしてやっから」みたいな。 そういう意味ではやっぱりこれは「ラブコメマンガ」じゃなくて第一義的には「パンツマンガ」なんですよ(笑)。「ラブコメ」っぽい要素は入ってるけど、あくまでそれはメインじゃない、という。 東城の性格設計、ということに関して言えば、彼女は初期は嫉妬する描写が時折見られたのですが、途中からほとんど見られなくなっています。嫉妬していた頃の話を読み返すと、東城は一度ヘソを曲げると(作者の中で)なかなか機嫌を直してくれないキャラなのかな、という印象を受けます。とにかく機嫌を損ねると真中とは話もしてくれなくなる困った人だったのですが(これも「魅力に欠ける」一因かもしれません)、話に復帰するときは、これと言った理由もなく、「なぜか」普通に真中と接するようになったという感が強く、作者が無理矢理そうさせているように見えます。で、手を焼いた作者は「もう、東城に嫉妬させるのはこりごりだ」と思って「東城は嫉妬しない『ことに決めた』」んじゃないですかね。だいぶ後になってから向井を登場させたときに「東城の嫉妬描写」のリベンジに挑戦しており、一応軽く成功してはいるものの、結局その後に全然つながってないんですよね…。 > いえ、作者の選択というより、主人公キャラ・真中の選択として「白紙にしてくれ」なんていうヘタれたお願いでは自縛になってしまったかなあと(笑) ああ、それは確かにそうですね。ただ、昨日書いたように再度つき合い出してからの真中は一応「西野一筋」を貫いて来た(「東城の方がよかった」という後悔をしたことは一度もない)ので、その流れからするなら「出るべくして出たセリフ」なのかなあ…。 > それとラブコメならどの位置からでも東城へ走る事はできると思いますよ。それこそ「どんなに前後の“辻褄”が合わない」話になったとしても一番好き合った者同士が結ばれる以上のハッピーエンドはない!というのが王道ですがら(笑) 御意。「作者が自主的にそうすることはなかったろう」という予想は変わりませんが、でも編集部からの指示があったら躊躇せずそちらを選んだでしょうね。 > 東城さんの話はそんな感じでしょうか。決してヒロインの座を転落せざるを得ないキャラだとも思えないのですが……不運という事かな。 やっぱり、一番大きな原因は「西野ファンからの要望がすごかった」ことなんじゃないでしょうか。どうやらキャラ人気では西野は東城よりだいぶ上のようなので、「西野とくっつけてくれ〜」という要望が強くて、それが最終ヒロイン交代を編集サイドと作者サイドに決意させたんでしょう、きっと。 「所詮パンツマンガ」である以上、「読者のニーズに一番応える形にする」のは当然で、そこに文句付ける筋合はないのですが、だとしたらやっぱりあの終盤の展開は中途半端ですよねえ…。 学園祭以降の展開について、西野と真中の描写が中途半端だった、ということに加えて、東城の描写にもいろいろと疑問は残ります。先日も「あの学園祭後の10回分ぐらいのエピソードには何の意味があったんだー!(笑)」とコメントしましたが、「東城が真中のことを振っ切って前を向く決心をする」という描写は、「雪の日の回」の少し前の「屋上で出会ったとき」にも軽くあるんですよね。だから東城としては同じようなことを2回も決意させられたような形になっていて、どうもチグハグです。 その後の「雪の日の回」に至る展開もメチャクチャで、まず 真中の為でないと小説が書けない ↓ 思わず、自分が真中の彼女だったら…という考えが頭をよぎってしまう ↓ 天地から逃れた後のモノローグは「私はやっぱりあなたのこと『しか』…」 ↓ 居眠りする真中に、衝動的にキスしてしまう という塩梅で、きっぱり振られたにも関わらず、時間が経つにつれむしろ真中への想いは募る一方、という描写になっています。家庭教師にやって来たときの服装も超ミニスカにボディライン丸見えのピッチリセーターと「殺る気マンマン」で、あわよくば真中を色仕掛けで攻略しようと企んでいるように見えてしまう(「自分が転びやすい」ことは当然認識しているはずだから、あの格好は「真中にパンツ見せること前提」としか考えられない(笑)。そりゃあ今まで何度も見られててもう慣れっこなのかもしれないけどさ…)。こんな状態で「決戦前夜」なんてサブタイトルを付けられた日にゃあ、誰だって考えることは一つですよね(笑)。 ところが東城はあっさり勝負から降りてしまいます。えーっ、ちょっと待って、いやが上にも募りつつあった真中への想いを昇華する時間なんて、一体いつあったの!?作中の描写からは、唯からの電話を受けてからのごく短い時間のうちに、気が変わって決意したようにしか見えないのですが、上記の通り、それまでの描写からはそんな簡単に真中への想いを諦められるとは到底思えません。 だけど、作者はそんなことを微塵も意識していないようなんですよね。東城が真中に訣別の意志を告げ、去って行くところでは、もうものすごく立派に真中への想いを諦めている。そこから逆算して考えると、どうやら、作者としては「あの真中への最後のキスで、東城は真中への想いにけじめをつける決心をして、それからずっと時間をかけてあの境地に達したんです。だってほら、私は東城のモノローグで『他にはもう何も望まないから』と言わせているでしょ」と思ってるとしか考えられません。 いやあ、それは無茶ですよ、河下先生!そんなモノローグ、「いけないと思いつつも誘惑に負けちゃう人の典型的なモノローグ」に過ぎないじゃないですか!あれじゃあ誰が見たって「真中への想いがさらに加速しつつある」ようにしか見えませんよ! ………多分ですね。河下水希は「よしこれだ!」という「いい展開」を思いつくと、そのことしか見えなくなっちゃって、「そこに至るまでの数話分の整合性や辻褄」なんかそっちのけになっちゃうタイプのマンガ家なんですよ。下の方でLDさんが「…って超カッコいいフレーズを思いついた時点で前後の見境なく行きます!(笑)」とゆでたまごを評してましたが、たぶん河下水希も精神的に通じる部分があるんだと思います。 今度も、「雪の日の東城の別れ」の回だけ単独で見ると非常によくできた回で、それは文句なく認めていいんだけど、そこまでの数回が非常に杜撰です。上で指摘したことの他にも [1] 唯はなぜ東城に家庭教師を頼もうと思ったのか?「真中が西野を選んだ」ことは知ってるはずだから、それだと「真中が振った相手に家庭教師を頼む」ことになってえらく気まずいわけだけど、そのことにまったく注意が回っている様子がないのは何で? [2] それに、東城に頼むなら、当然そのことは真中に言うはずでは?当日まで秘密ってそんなバカな。 [3] 真中も、「タダで家庭教師をやってくれそうな、唯の知合いの学生」と言ったら当然東城が候補として思い当たるはずなのに、唯に確認しようとしないのはどうして? [4] 東城も東城で、そこはあまりの気まずさに断るところなのでは?「自分が振られたことは、唯は知らないはず」と思っていて断る口実をうまく思いつかなかった?それとも、「気まずい思いをしてでも、真中に会いたい」という想いの方が上回った?(それに、編集者に次回作を催促されていたけど、そっちはいいの?) [5] 真中を抱きしめているところを見付かった後、唯と顔を合わせたときに、「見られたのでは?」という疑問を東城が全然抱いていなさそうなのはなぜ?大きな音がしたから慌てて真中を振りほどいたわけで、その直後に唯が顔を見せたら「唯に見られた」可能性は非常に高いはずでしょ?そのときの唯の態度が何かおかしいことも容易に気づいたはずだし。 [6] 東城を「監視」するため「受験まで毎日真中の所に来る」宣言する唯。ちょっと待て、オマエ桜海学園の友達いないのかよ!(笑)今どきの女子高生なんだから、ヒマだったら友達とのつき合いくらいあるだろう!?それに、部活とかはないのか?(入学直後の頃、部活見学に行ってたりしてたはずだけど…)真中たちが合宿から帰ってきた回で、「夏休みの思い出何にもなかったんだ」とか言ってたから、ホントに部活もやってないし友達もいない高校生活なのかもしれないけど、それはあまりに寂しすぎる…。オマエの世界は真中以外にないのか(笑)。高2の段階でセンター試験の英語ができるくらいじゃ大した取り柄にはなんないぞ(笑)。 [7] その後「複数の女の子にフラフラしていたこと」に唯は怒りをぶつけていたけど、そんなことはとっくの昔に解っていたはずだろー!(笑)お前は一体今まで真中のどこを見ていたんだー!(笑) と数々の疑問点が浮かびあがってきます。 (いや、これが「お色気アクシデント」に持ち込むための展開なら、いくら強引で疑問点だらけでも文句言いませんよ?実際、「余りに無茶なシチュエーションを、あっという間にパパっと構築する手際のよさ」がこのマンガの見所の一つだったわけですし(笑)) また、詳しく見ると、「雪の日の回」にすらツッコミ所はあって、東城は「真中が本命大学の受験に失敗した責任は自分にもある」ことを認識しているのに、そのことを謝ってはいないんですよね。謝罪の言葉は「勝手なことして、怒ってたらごめんなさい」だけで、受験の失敗に対し直接謝っているわけじゃなくて、「行動の勝手さ」を、「もし怒ってたら」という「条件付き」で謝っているにすぎない。いや、やっぱりちゃんと謝ろうよ、東城(笑)。もっと肝心なことを、条件なんて付けずにさ(それにここでは、「西野に対して」すまない、ということも言うべきなのに、それがないのは残念)。 おかげで、去り際の「唯をしからないでやって」というセリフも、何だか微妙に唯に責任転嫁しているように見えなくもありません(笑)。 まああれだけつらい決意を告げた、18歳になったばかりの女の子にそこまで完璧を求めるのは酷ですから、そのことを本気で責めるつもりはないですが、でも河下先生はたぶん天然でやっていて、「そういう風にも見えてしまう」という点は、全然気づいてないんですよ、きっと。この「いい話」が描けた、ということで満足してしまっていて。 とにかくこんな調子で「後先考えずに思いつきだけで行き当たりばったりにネーム切ってる」兆候は以前から見られる(その白眉が合宿中の無人島の回や、合宿から帰った直後の東西南北鉢合せ公園デートの回で、無内容を絵に描いたよう)人なので、どうも次回作以降が期待できません(笑)。「いちご」が長続きしたのは偶然に助けられた部分が大きいのでしょう。それだけに、最後をまとめ損なったのはもったいないなあ、と思わされます。 |
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