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今週の一番

連載中のマンガ雑誌の感想掲示板です!
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#161 “速度論”ふたたび(2) 投稿者:LD [2003/06/01_01:48]
#157 つづき
前回の若年読者の方向で話した、6年かけて一生JOJOでいい云々…の話は、つまり特定の作品にどっぷりつかってしまうと、その作品だけは好きだけど、他の作品は興味がない。興味がないというか若年でその状態になるのは単に他の作品の読み方が分からないだけなんですね。分からないから否定的。他の作品の文法が分からないから、時間が未来に進めば進むほど文法の差違についていけなくなって、かつてマンガ好きだったとしても「昔の作品は面白かった。今はつまらん」が口癖になる。

それは雑誌側が提供するメッセージ(物語)を寡なくしてしまっている事も一因だと

まあ、そういう話ですね。そうやってマンガにはまらず卒業して行くほうが幸せかもしれませんけど(笑)マンガ文化の繁栄を考えるならそういう事です。

…で、一つの作品にどっぷりつかる弊害というのは、作家さん側にも言えるワケです。というか作家側(特に新人)の方の弊害の方がより深刻かもしれない。結局、一つの作品と一つの物語の転がし方しか分からなくなっちゃうんですね。その対比としてこの文の最初に出した“ワールド”の話があるワケです。
たとえ話でいきましょう。

たとえば鳥山明先生です。彼の代表作は「Dr.スランプ」と「ドラゴンボール」です。あの人の独特の絵柄と世界観…メカニカルなものを何でもタマゴっぽくディフォルメして描き上げてしまう能力や、ごく自然に動物人間をキャラクターにしてしまう感覚…に魅力を感じた人も多いと思います。
鳥山先生、間違いなく“ワールド”を創造れた人なんですよね。「DB」にペンギン村を出すような“ワールド”志向の部分も持っていました。でも、現状実際は「スランプ」と「DB」の両作品がいかに大ヒットとはいえ“ワールド”を持つ人として上げるのは少しつらいでしょう。「DB」終了後、いくつかの短編を発表され、それは“ワールド”の視点から見ればあわてて“ワールド”を創造ろうとしているようにも見えましたが、それらは作品としてのパワーは“ワールド”の構成に足るものではなかったと思います。

たとえば荒木飛呂彦先生です。彼の代表作は「ジョジョの奇妙な冒険」です。「ビーティー」や「バオー」「ゴージャスアイリン」など、あの人は“ワールド”を持っている人だ!という反論もあるかもしれませんが、やはり「ジョジョ」のみがあまりに突出したパワーを持ち、他の作品は“ワールド”の構成作品というには弱いし少ないと思います。荒木先生の独特の視点とアイデアは間違いなく“ワールド”を創造る才能だったと思えるだけに「ジョジョ」だけというのはあまりに可哀想な話です。

まあ、実力のある作家さんはものともせずに淡々と“ワールド”を構築するでしょうし、あるいは“ワールド”なんかに拘らず一作品だけをライフワークとして方がいい人もいるでしょう。

しかし作家さんの才能というのは一生の間ずっと一定のレベルが保たれているワケではないから。

それの一番成長度が高い何年か(ここでは6年)をそこで燃焼させてしまえば固まるの早いし“ワールド”の構築は才能消費の面でも作家寿命の面でも困難になると思う。“ワールド”っていうのは簡単にできるものじゃないし、絶対必要なものでもないでしょう。しかしそれが意識されることで、より多くのメッセージ(物語)が生まれ、それはいい事なんじゃないかと思います。

それで“速度論”というのはより多くのメッセージ(物語)を生み出す事にも直結するんですよ。作者も読者も生きている時間は限られているのだから、多くの事を伝えようと思ったら“速く”するしかないでしょ?あ〜やっとつながった。お粗末。

#160 次号どうなるかな?と待つ一週間の時間 投稿者:LD [2003/05/30_02:10]
リオさん
> 週間連載の数年、という話が少し興味深く思いました。

どうもです。まあ、たとえば長期連載に入ると作品のキャラクターの設定年齢を追い越す瞬間があったりして、妙に感慨深かったり(笑)あと先日、マンガ夜話で「銀河鉄道999」をやっていたのですが、あれなんかは歳くって大人になった時、読み返すのが前提みたいなところがあったりね。

以前も書いたのですが連載というのはライブだと僕は思っています。最初から起承転結の決まった物語をプレゼンするのではなく、読者の反応を見ながら段々と物語を組み上げて行き、場合によっては当初意図した方向とは全然別の物語になってしまうアドリブの舞台。中でも週刊連載は殺人的スケジュールで、作家さんの性質がムキ出しになって、包装するヒマもないですよね。何も思いつかなくても一回、ほとんど下書きの原稿掲載しても一回、休載しても一回。それが、けっこう好きなんです(笑)不出来な程かえって愛着がわいてしまうようなこれも楽しみ方の一つかなと(笑)

#159 時間がそこでもながれているような 投稿者:リオ [2003/05/29_21:08]
個人的に言えばーなんですが。
私なんかは、小説や単行本の漫画、せいぜい月刊の漫画雑誌で育って「世界をかためて」しまったので、週間連載の数年、という話が少し興味深く思いました。
まぁ個ヽ人でそれぞれ消化したり必要としてともにすごした物語、ちゅうのはどうしても違うものなのだろうとは思いますが、週間や新聞連載なんかはなにか、リアルタイムというか…。
週間漫画誌を高校のころ読み始めて、現実の世界とまるで同時進行のようにお話が展開していく様に感じられて妙な気分になったことがありました。
文字媒体よりは漫画のほうがさめた目では見ていたのだけれど、ときどきすごく感動してしまったり。
なんかわけわからんくてすみません。

#158 あれ? 投稿者:LD [2003/05/29_02:19]
> …で、その話を“速度論”とつなげてしまいます(笑)

全然、つながってない(汗)まあとにかくつづけます。

#157 “速度論”ふたたび 投稿者:LD [2003/05/29_02:12]
今週の一番で“ワールド”の話が出たので、ちょっとその追記を。
多分、原則的には2作品以上“当てて”なおかつそれ以上の物語を発表していないと“ワールド”を持っている作家さんという事にはならないと思う。沢山、作品を発表しているだけなのは、単なる“多作の人”でね(それでも充分すごい事だけど)。ただし何をもって“当たった”とするかは、各々捉え方は違うとは思う。
ある人にとっては平凡な中堅作家でも、ある人にとっては人生を変える力をもった“ワールド”を持つ作家かもしれない。
しかし、まあ、色紙やページ一杯に、これまで自らが描いた作品のキャラクターたちを勢ぞろいさせて“華”があるか?“オールスター”感があるか?ということだと思う。まあ、それが“ワールド”を持っている作家さんという事になるかな?

…で、その話を“速度論”とつなげてしまいます(笑)作品一本が当たると大体今だと30巻前後、6年の歳月をかけて連載されます。これって小学1年生だった子が小学校卒業し、中学1年生だった子が高校卒業する、という少年誌のサイクルでいくところのギリギリのラインだと思うワケです。
何がギリギリかというと、

子供が子供の心の内に1つのメッセージ(物語)を受け取れる、少年少女が少年少女の心の内に1つのメッセージを受け取れる、ギリギリのラインってことです。

伝えようとしたメッセージにストライクに感動できる限界値というところかな?
そこから先の人生になると心固まっちゃうから(笑)大した区切りなく、後は死ぬまで生きてくだけになったら、“同じ物語”でいいから(笑)敢えて言うとね、だから成年誌には10年20年の連載がどっと出てくるでしょ?(笑)
でもねえ…ギリギリといったけど、6年かけてメッセージを一つしか出さないっていうのは、心を固めてしまうのを手伝っているようなもんなんだよ。全ての作品が“6年”を目指せば相対的に贈られるメッセージ(物語)は減るってことでしょ?(長期連載にこぎつけるのは基本的に良質なメッセージでもあるし)

6年かけて一生「JOJO」でいい読者量産してるだけ。

心固めるのを手伝ったんだから、新しいもの(別の情報)には見向きもしてくれない。(いや、別に「JOJO」をやりだまに上げようというワケじゃないけど文のリズム的になんとなく)編集が“6年”を目指すのなら、それを望んだってこと。

ええええ…いきなり話がずれてしまいましたが(汗)心を固めるっていうのは何も読者だけの話ではなく、作家さんの方にも言えるって事が言いたかったのです(→つづく)

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