アニメ、特撮などのTV番組の感想掲示板です!
ご覧になった番組の感想にお使いください。
#514 脚本チェック ToLOVEる 第22話「戦慄!文化祭」
投稿者:LD [2008/09/23_00:51]
| 脚本:大和屋暁 絵コンテ:西森章 演出:うえだしげる 作画監督:小山知洋、清水祐実 作画監督協力:青井清年 サブ設定協力:乗田拓茂、小林千鶴、沓澤洋子、大洞彰子、近岡直 原画:青井清年、林明偉、田中敏美、大森りゑ、棚田暁子、大庭厚志、藤田和行、樋口聡一、羽坂英則、すたじお牙鳴、石川哲也、スタジオトイボックス、日高真由美、動画工房、林田薫、伽藍、都丸敏之 この次の回は、日本脚本界のピカソと言われる(←言われてない)浦沢義雄先生のサル山遊び回を入れて最終章に移っています。…つまりこの文化祭の回は、各キャラクターの確認回のようなものなんですが……素晴らしかったです。いや、要するに文化祭というイベントを通して、それぞれのキャラクターの“持ち味”を発揮するというだけなんですが…それが素晴らしい。リト、ララ、春菜、小手川、そしてサル山の行動を主軸に、金色の闇と天条院の動きを並行して描き、その上で、ララ、春菜、闇のキャラソンを挿入歌に放り込むというボリュームのつけよう。本当に最終章に向けてキャラを描くことに注力しているから、ギャグ・パートは少なくなる。それを意味もなく就職活動する闇と、何時も通り張り合う天条院でギャグ分を補完しているような形なんですけど……徹底的に計算して組み上げられたライティングを感じます。 ちょっとこの回の“サル山”を観てもらうと、僕が普段、キャラに対して使うキーパーという属性を分かってもらえるんじゃないかと思うので説明します。 文化祭の出し物を決める最初の部分で、いつも通り肩肘張って議題をこなそうとする小手川さんに変わって、サル山が出し物決めを取り仕切り始めます。それが実にスムーズでどさくさ紛れにサル山は自分の趣味も反映させて「アニマル喫茶店」に決めたのに「みんなやるぞ!!」とかけ声すると「おー!!」と返ってくる所まで皆の意気を投合させてしまうんですね。それを観ていた小手川さんが「なんで…」って思わず呟きます。「なんで、私の時はこんな風にいかないんだろう?」って事だと思います。一瞬、サル山に惚れたかと思いましたよw しかし、本来的にはサル山はこんなにカッコいいキャラではないハズ。でも、彼には“その役”が回ってきたんですね。なんでかって言うと彼が「キーパー」だからです。(キーパー、キーパーって言っているけど本当はリベロって言った方がイメージ伝わり安そうですね)…この時、行われるべき展開は、小手川さんが皆に良かれと思ってやっている事(クラスを仕切る)が返って場をぎくしゃくさせていた事に小手川さん自身が気づく事なんですね。そして気がついて落ち込むのは彼女が我の強い仕切り屋なのではなく、あくまで“皆の為”を考えるいい子だからというキャラを出したいわけです。 その為には小手川さんの前で“別の誰”かが代わりに上手いやり方を披露して見せるのが良さそうです。………さて?誰にやらせましょう?リトですか?ララですか?春菜ですか?どのキャラもちょっと違う。…この時、サル山に対して“この役”の手渡し安さがわかりますでしょうか?こういう位置に配置されたキャラをキーパーと言いますw …実は別にこの役、リトがやっても良いんです。でも、リトにこの役をやらせる事は演出意図が「強く」なってしまう事を認識していないといけない。どうしてもリトのカッコよさがプラスになってしまう事と、小手川さんとリトのラインが強くなる事を含意した上でやる事になるワケです。最終回の準備回という「読み」をすれば、ここで小手川さんとリトの線を「見せる」事は逆にノイズという答えが返ってくるのは必然です。(ちなみに、この回リトはララに対しては諭す、カッコいい役が回ってきています。これも必然) …サル山はこの場カッコよくても構わないんですw端のキャラであり、キーパーの宿命として次に落とす役が回ってきた時には充分に落とされますからwキーパーっていうのはそういう配置のキャラの事ですね。でも、こうやっていい役が回ってくる事もあるので、そのうち、観ているおたくが「……こいつ実はすごく分ってて行動しているキャラじゃね?」とか「読み」出したりもされるワケです。…ってか「読もう」(´・ω・`) そして、ここで小手川さんが落ち込む事で、それを春菜が気づいて小手川を励まし、春菜はそれを吹聴したりしないんだけどリトは、そうである事に気がついて微笑む…という連鎖的な流れでキャラ表現が構築されて行きます。ここらへん連鎖が一本道じゃない事含めて見事です。 …まあ、このアニメ版「とらぶる」ですが原作の持っているポテンシャルを最大に引き出しているアニメなのでちょっと、おたくは必見かもしれません。「…こんないい構造の作品だったの?」と目をこすってしまいます。大きな改変としてはシリーズ構成としてリトに「宇宙一の男になる」というデビルーク王との約束を与えている事ですね。アニメ版のリトはこの事をことある毎に思い出し、そして今の最終章に繋がっています。…同じリトではあるんですがTVののび太と、劇場版ののび太くらいに違う感じになっていますね。
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#512 死亡フラグ復活の道〜ドルアーガ短評に繋げて〜 (#511)
投稿者:ルイ [2008/08/11_20:32]
死亡フラグ回避は、死亡フラグ復古の為なのではないか、という感触がありますね。 | 死亡フラグが死亡フラグになった事には経緯と理由と、メリットがある。LDさんが言う所の「残念の演出」であり、積み上げの足りていないキャラに一気に「命」を乗せる(それにより物語に厚みが増す)為のテクニックという事も言えるでしょう。それがあまりに優れた、もしくは受け手の共通認識に訴えかける演出だったゆえに、この死亡フラグという言葉は1人歩きして、いつの間にか「(笑)」とワンセットで語られるようなものになってしまった。 情報伝達力が高すぎて、物語を意識して観ていない人まで脊髄反射気味に反応できるものになってしまったんですね。「高い伝達力」が過ぎて「ミエミエ」→「俺にはわかる」という道を辿ってしまった。ベタは古典芸であり、見えたからといって否定される事なんて無いけれど、一方で「みえみえのフラグ」だのとそこいらで揶揄される事は、一部の作り手にその歴史ある、有用なフラグ使用を躊躇わせる事もあったんじゃないか、と思ったりします。 それに対する反動が「フラグ回避」なのでしょうけど、それがフラグを使わない・出さないのではなく「出して回避する」ことからも、死亡フラグはずっと生きているんですよね。現実問題、死に際して全てのやりたい事を成し遂げた状態(大きな意味ではなく、小さな約束や予定なども含め)なんて、滅多にない境地のはずで…死亡フラグそれ自体は細々とでも、確実に生き続けている。 そうやって「死亡フラグ」がその言葉の軽い響き同様に、かなりの層に認知された、広まった「次」の物語というのが今回の話題だと思うんですが…その上で死亡フラグ回避、というだけなら、それは「お約束はずし」=視聴者の意表をつく「だけ」という範疇に収まる場合もある。でも「ドルアーガの塔」が提示したのは「死亡フラグ(をはじめとした、古典的フラグ)の軽薄な活用による、死亡フラグの再構築」…リ・メイク、リ・モデルなんですよね。 1話で最も表層的で、揶揄の対象になりがちな「死亡フラグ」の使い方をしてみせた上で、カリーの突然死を放つ。まずその突然死自体に「まだ生きているんじゃないか(1話のコミカルノリが、視聴者の断定を鈍らせる)」という揺らぎを産む。…そしてその「突然死への戸惑い」を積んだ上で、今度は真っ向と、アーメイというメインキャラで「死亡フラグ」を展開してみせたわけですが、ここでアーメイについて1話同様に「笑う」人はそんなにいないはずであり、この作品が狙ったのは、結局この差なんですよね。 実の所アーメイの死亡フラグが何か特殊な奇を衒ったものかというと、そんな事は全くない。「ブルークリスタルロッドを手にしたら故郷の弟たちを」…1話の「終わったら故郷で結婚」と大差ない。ただ、そこに至るまでの冒険の道筋を、そして「登頂者は誰しも望みをもって塔を登る」という実感を物語の中で積み上げていく事によって、それが唐突なものではなくなっている。口にするかしないかの違いだけで、登頂に失敗した登頂者は総じてこの「残念」を抱えている…という、言外の表現になっている、と言えばいいでしょうか。アーメイの「死亡フラグ」がやってみせたのは、本来的な意味で「死亡フラグが生まれた意味」に立ち返り、それを(主に若い)視聴者たちに示す事なんですよね。アーメイの死亡フラグを速攻で嗅ぎ取ってニヤニヤするのは、余りオススメできる観方ではありません。寧ろ同じフラグがまるで違う内実を指し示している事に注目して欲しいはずです。 マクロスFの連続の「フラグ外し」がこのドルアーガと同じものを目指してのものかは、現時点では断言できません。同様の場合は、「フラグ外しは、真のフラグ活用の時への布石」という事になるわけですが、LDさんのいう『それを「外そう」という反動』というものは、一つの作品内で収まり、活用されるものとは限らないんですね。もっと全体にたって、これからの物語の為に「死亡フラグを蘇らせる為に」様々な作品が死亡フラグ外しを繰り返している、という解釈もありうるわけですし、LDさんが「外そうという反動」という言葉で留めたのは、単体としての作品表現ではなく、その流れをとりあえず汲んでおこう、という程度の話だとも思います。 まあ、フラグ外しなんて別にここ数年で唐突に生まれたわけではないのですが、やはりネットで言葉が消費されていった先に、この「死亡フラグwww」の流れがある。そう考えれば、「今の潮流」という気もするんですよね。マクロスは踏み台なのか、それとも自分で積み上げ、自分で利用する為の餌なのか。死亡フラグを嘘フラグにする「先」については、注目してみるのもいいんじゃないかと思います …個人的には、これを機にもう一度ドルアーガを再評価しておこうと思っただけなんだけども(笑)。
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#511 演出チェック 死亡フラグを回避せよ!!
投稿者:LD [2008/08/11_14:29]
| ナナセ「早乙女くんも、ミシェルくんもいないのに…ルカくん一人じゃ……」 ルカ「え……?(ぐっ)帰ったら、お話したい事があります…!」 えええ?ま、まさか……ふ、福山…!?(↓) あ、生還!! (※…つか、あの後お話したように見えないんだけど…どうなったんだ?) キャサリン「無茶よ!オズマ!あなた被弾してるのよ!」 オズマ「……こんなのかすり傷さ…妹も!惚れた女も!守れないでなにが男だ!」 ちょっ………元々、キャラ位置がロイ・フォッカー!!?(↓) あ、生還!! ちなみにクアドラン隊のララミアはノン・フラグで戦死(-人-) 「おれ…この戦いが終わったら、田舎に帰って結婚するんだ…」と言って恋人の写真を眺める一兵士…をステロタイプにしたいわゆる「死亡フラグ」という演出法が、今かなり、おたく界隈で流布していますよね。…やはり最近だと「ドルアーガの塔」の第一話で連発された事が記憶に新しいですが、とりあえずギャグというか応用が利くというか、ブログやネット掲示板でちょっと対象をからかったり、皮肉ったりするのに活用されています。…で、そろそろこれ(フラグ)を覆す展開をする作品が出てくるかな〜と思っていましたら、そこらへんやり始めた感覚があるので、ちょっと書き留めておこうと思います。(以前にも“死の予感”を回避する作品はありましたが「死亡フラグ」という「モジュール」が世間に流布してから、意図的にそれをする事では意味が違う) そもそも「おれ、○○が終わったら、××(結婚等)するんだ…」って「死亡フラグ」は「情報圧縮」としてかなり完成された「モジュール(応用の利くもの)」なんですね。…それはおたく的な読みから、(ある種パロディ的な)“死の了解を与える”という意味でもそうなんですが、それ以前の段階として「残念の演出」の成果だという事があります。 「死亡フラグ」の正体って、なにかと言うと「残念の演出」を突き詰めて練成した物なんですね。 観客がこの人が死ぬ事を「残念」に思うように積み上げられていったもので、それが名も無き兵士(何の積み上げもないキャラ)に通用してしまうという本来は、そういう「情報圧縮」的演出方法だったはずです。この演出自体の大元は「西部戦線異常なし」かそれに類するような“戦線もの”で、それが富野監督作品あたりから徐々にアニメに持ち込まれ始めた。 モジュール化はされていませんが「ガンダム」の「再会、母よ」の回でアムロが撃ち殺すジオン兵が、先にチョコをあげようとした子供にまで嫌われて少し寂しそうにする事や、「ランバ・ラル特攻!」の回でその死が印象に残るクランプが、爆弾を仕掛ける瞬間、そこにカツ・レツ・キッカがいるのを見て「…下がっていろ!爆発するぞ!下がれと言っている!」と叫びながら爆弾を仕掛けるのは、「残念の演出」なんですね。そして一瞬で「残念」を完成させている優れた描写です。…ってか、皆そういうとこ観てるよね?観てない人はちゃんと観なきゃダメだよ? 「死亡フラグ」はいくつかの文脈を持っていますけど「結婚する」系は、不要なものを削ぎ落としきって(故に素人のワンコメントでさえ活用できる)「残念の演出」を完成させる「モジュール」の結晶のような存在なんですけど…wここまで精錬された結果、ある種の文脈で語り始めると「バレ」が伴ってしまうという弊害も生み出し始めている。「ちょwwwフォッカー!?www」とか言って半笑いで画面にツッコでいるのは、果たして制作者の意図する反応なの?って話があるわけですw 「ま、それはそれでいいよねw」って開き直ってしまうのも手ですか、演出者が本当に演出したいものが「バレ」や「パロディ」なんかじゃなくって、本当に「残念の演出」だと、少しジレンマが起きてしまう。 …本当は「残念の演出」には「死亡フラグ」とは真逆の「突然死」ってやり方があるんだけど、ちょっとそっちの詳しい話は今回おいておきます。分る人はこのワードだけで分ると思います。…ただ、このやり方は多くの観客にとってはあまり親切な表現方法とは言えない面があります。故に、普通は真っ当に「残念」を組もうとするんですけど、それはやり尽くされた文脈ってもので、何かの類型にかかって「バレ」るんですね。(類型にかけない方法は限りなく「突然死」に近くなる)まあ、メインキャラに関しては物語の積み上げがそのまま“それ”に転じるのでそこまで悩む必要もないかもしれませんが…。 で、どうするかというと類型的な「フラグ」を見せて意図的に裏をかくと。そうやって類型を無効化した上で演出を組むというやり方になってくる。これを今回「マクロスF」で……恐らく吉野先生がやったんですけど、じゃあ、その無効化効果を“この作品内で使うか?”というとそれはどうか分らないところがミソw まあ、いろいろややこしく書き散らしましたが、要するに「読まれて」て来たので、それを「外そう」という反動が働いているって話ですw 「モジュール」の結晶なんて言い方をしましたけど、「結婚する」→「あ、こいつ死ぬ」って、明らかに飛躍がありますよねwそこに至る経過の“→”には様々な経緯が込められているはずなので「情報圧縮」と言ったんですがw逆に言えば、結婚するからって死ぬ必然はないんですよwまず、そこに立ち返ろうと。 近い事は「ドルアーガの塔」でも行われていました。やはり一般への流布の大きい「死亡フラグ」の扱いが目だってましたがw様々な類型的展開を茶化す第一話がとられて、その上でまともな物語を組み始める構成になっている。カリーには「突然死」を、アーメイには「残念の演出」(フラグじゃないよ)を施して「険を冒すという言葉の本当の意味」を物語に載せています。…まあ、いろいろな物語の組み方や、演出法があるって話ですね。
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#510 作品チェック ネットゴーストPIPOPA
投稿者:LD [2008/08/03_23:59]
| 【公式HP】http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/pipopa/ ■2008-07-20:漫研チャット ルイ >> PIPOPAは初動はそんなに上手くなかったんですよね。ひかるちゃん可愛いなってくらいで(ダメだこいつ)。もしそのあたりで切った人がいるなら、ご愁傷様ですけど。 LD >> いま、僕、セイレーンに夢中ですもん。彼女(?)との交流が4クールを成して行く大きな物語になるはず。…そして多分、最終回はネット世界に二度と入れなくなるはず。(←そこまで妄想完了かい) ※セイレーンとはドリームフューチャー(悪会社)の地下施設にある起動したばかりの巨大コンピュータで、ここでいうのはその中にあるネットゴースト(ソフトウェアの心…みたいなものかな?)の事です。ドリームフューチャー社の制御を受け付けないので、現在、幽閉状態にあります。 ルイ >> セイレーン、声がスゥなんでスゥよね・・・スゥめ・・けしからんな・・・ ルイ >> 最終回は25年後、夫婦となったユウタくんとヒカルちゃんの息子が携帯電話を手にするところじゃないのかな(←妄想しっぱなし)。 LD >> ユウタはマモルのものだろうがあ〜!!!`∴(´A(`○=( ・ω・´ ) ルイ >> 男の友情はカップリング以外にもあるって腐れに教えてあげてくださいw LD >> つか、マモル、自力でネット世界に入ろうとしていますね。 ルイ >> ユウタと手繋ぎして入るのは納得いかないんですかね。一応タナバタ回でその辺のズレは解消されたので、あまり不穏な積みではなくなってるんですが。 LD >> いや、離れて暮らしているから、手つなぎができないからですよ。 ルイ >> 寧ろピンチの時にマモルが助けにくるのが、今のところの正道だな。 ルイ >> あ、モニタから実体化して出てきたりはできないのかw LD >> テレポートをした事はないですよね?たしか、いっつも携帯から出入りしているはず。 LD >> …想像では完全に入るというより、何かバーチャルマシンから、マモルのアバターがユウタと会うみたいな形じゃないかと。さらに言えばネットビーナスも同じ事をしている可能性がある。(←きた!妄走!キタ!) ルイ >> む。実はその妄想は同じだったりします。妄走?w ルイ >> えーとねえ。パッと考えていたのはねえ。ミッションEみたいなロックマンみたいな格好した、謎のいい男が助けてくれて、ヒカルちゃんがちょっと惚れるっていうのを考えていたw LD >> 「PIPOPA」、「ロックマン」をやると「なんだ『ロックマン』か…」っていわちゃうような。 ルイ >> まあ、あくまで格好の話ですけどね。ダサかっこいい、みたいなwいや、素直にかっこよくていいのかw LD >> まあ、マジレスするとヒカルちゃんはマモルみたいな子と結婚した方がいい。ヒカル×マモルは許す。ヒカル×相沢は許さん。 ルイ >> 相沢は青春の幻影だって言ってるじゃないかw ルイ >> ネットビーナスに相当する人は今の所は想いつかないのですが、何せEDやOPに未登場キャラわんさかですしね。アリな読みじゃないかなあ。 LD >> 悪会社社長の秘書じゃないの?(´・ω・`)>ビーナス ルイ >> ・・ただ、何故か相沢さん、不思議な積みというか、カンがある所を描いているような・・・。 LD >> 相沢さんがセイレーンの開発に携わった事は間違いないと観ています。 ルイ >> うん。セイレーンとの線ですよね。ああ、相沢〜元カノ〜秘書=ビーナス という線をイメージされている? LD >> おおう。元カノという線はなかった。ありがとうございます!w LD >> ああ…もう、妄想していたら、何か全体が見えてきてしまった(汗)…つまりあっこをファンタージェンに例えようとしているかな?w LD >> 祖父江博士と相沢とマモルが会話し出すとかなり話が回るはず。 ルイ >> 妄想が綺麗な像を形作れる程度に、この1クールちょいで伏線散らしてますからね。かなり構成しっかりしてます。 ルイ >> 相沢は社長と縁故者かもしれないですけどね。博士とマモルは同感。別ルートから取り組んでるような印象ですし。 LD >> セイレーンの超ハイスペックは何に使われるべきかっていうと、もうこれになってくるかな?>「ネバエンストリ」 LD >> もう一つ、超ハイスペックを活かす道として「攻殻」の素子ラインがあるわけですけど、これは「PIPOPA」ではやらないでしょう。 ルイ >> 超ハイスペック・・・超高エネルギー体?w LD >> いや、多分、セイレーンは計算速度も記憶容量も今存在しているネット世界全部をさらに凌駕していて、つまりネット世界の神になれるはずなんですよね。それが悪会社が執着する目的なはずで。…で、ユウタがそのセイレーンに何を望むのか?って事を考えたら自ずと答えは見えてくるかな?って。 ルイ >> そのセイレーンを閉じ込めているシステムって凄いですね。 LD >> 閉じこめる事自体は、最終、物理回線を切れば可能ですしね。プロトコルを合わせないとマシンスペックがあっても世界に接続はできないわけで。 ルイ >> で、最終的には人間の干渉をさせず、ネットをあるがままに、という距離を築き上げようとすると>ピポパ 涙の別れですね、わかります。 LD >> いや、だから僕は「ネバーエンディングストーリー」のラストシーンを予想しています。…当るといいなあw ここらへんのチャットで「PIPOA」の構成を予想しあっていたのですが、現在、「PIPOPA」はグランドデザインに合わせて、一話完結の形を取りながら、着実に話を積んでいるように見えます。…一話完結しながら、キャラも、4クール(?)の大きなストーリーも積んで行くというのは、すご〜〜〜く!!良い作品って事ですw大体、1クール終わった所でヒカルちゃんがユウタと一緒にネット世界にダイブするようになり、ネットゴーストたちとの交流が(準レギュラーなども揃い)より深みを持つようになってきています。 #16「ヒカル@ヤクソク@ナツヤスミ」で、ヒカルちゃんの家庭環境と、ヒカルちゃんのキャラの強さを積みながら、ネットゴーストたちもデータが失われれば完全に死んでしまう事が描かれます。 #17「ダイスキ@ジュウサマ」で、祖父江博士とドリームフューチャー社の関係、そして祖父江博士と対立的なコンピュータ思想を持つフォレスト博士の名前が出てきます。その上でネット世界のデータをウィルスではなく合法(?)でブランクに変えてしまうプログラム(この時はOSの仕様)の存在が出てきます。 #18「マモル@」で、ここではじめてマモルは自作のプログラムでネットダイブを果たします。まだプログラムが完全じゃなくってユウタとの接触はできませんでしたが(ここでちょっと何か気になる心象を見せていますね)。それと、ほぼ確定でしょうけど、マモルのお祖父さんに当る人がフォレストが博士である事が示唆されます。 17話でこれまでは割と飄々としていた相沢さんも少し気になる動きを始めていますし、以前から出ていた浮動したキャラたちが少しずつ集束してきているんですね。…ここらへんのシリーズ構成がしっかりと組まれた感覚は体感すると、すごくしびれてしまいますw ちょっと僕のイメージを話すと、僕はこの作品に近いものとして…ちょっと昔懐かしいですが「ポールのミラクル大作戦」(あれにもっとレギュラーキャラがいる感じ)、それから「ネバーエンディング・ストーリー」(もちろん、第一章)を重ねて観てたりします。 そのバックグラウンドで観てみると16話に登場して、お父さんが持っていた大切な思い出のデータをヒカルちゃんに渡して、物理データごと消滅してしまった。ネットゴースト・メモリンの話に別の意味が一つ加わってきます。…結局、このメモリンは助かるんですけどねwでも、ああ、子供向けとして、ちゃんと“お別れ”が描ける作品なんだと思うと安心感が違ってきますね。
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#509 作品チェック 脚本チェック 声優チェック ネットゴーストPIPOPA ♯14「タナバタ@バージョンアップ!?」
投稿者:ルイ [2008/07/09_21:50]
脚本:あみやまさはる | 絵コンテ:所俊克 演出:斎藤徳明 作画監督:梶浦紳一郎 総作画監督:岩佐とも子、小沼克介 原画:西村広 松本澄子 野澤吉樹 森川均 小村井修 斎藤徳明 金森勝 幸野浩二 西川雅史 長谷川一生 木下由美子 中嶋祐介 ラストハウス 鈴木小波 第二原画:小林亜由美 樋口博美 田島佑佳 本当に、ひかるちゃんの可愛さは異常。色んな意味で。彼女はここまで2回、OP前アバン「部屋を明るくして離れて観てね!」注意コーナーに登場しています。しかしそのどちらでも「私が可愛いからって〜」というような事を言ってのけるんですね。ここはひかるちゃんの増長自重!wという視点ではなく、「可愛い」の自然な利用にこそ注目したいところ。つまり作品構造やキャラ配置如何では可愛いという記号、クラスのアイドルという記号性だけで今なおここまで戦える!と。現代戦争で活躍する零戦〜みたいな架空戦記っぷりを堪能できるというか〜(絶対頭壊れてます)。僕なんかが「ひかるちゃんが可愛い」と言うのは、勿論本音でそう思っているというのもあるんですが…それ以上に、作品の中で「可愛い」という形容が堂々と活きている、そのシンプル設定の強さに敬意を表わしている所もあるわけです。強固な構造に「乗っかってあげる」というかね。…まあ、ひかるちゃんについては今はそれくらいにして。今回の「ネットゴーストPIPOPA」は、様々な視点から評価の出来る、極めて濃密な一話です。実はこの前の回、♯13も相当に練りこまれた良回で…2週続けば実力という考え方が基本あるもので、既に高評価に足る作品なのです。放送時間帯(プリキュアの裏)等から、その中身に見合う評価がされているかは微妙かな?年単位の4クールでキャラを育て、物語を紡ぐという「正統派なTVアニメーション」を今最も堪能させてくれる作品です。 この回はちょっと、脚本が凄い。7月第一週という放送時期から時事ネタとして七夕を持ち込むのは基本として、そこからの枝葉の足し方や全体構成の中での活かし方が、震えてしまうくらい上手かった。…まあそこはおいおい紹介できたらいいとして、まずは(自分の趣味性が多分に混じっている)声優チェックから入りたいわけですが… 「8760時間ぶりかぁ!!(軽く耽美)」 「…お金もちになりたい(呆)」 「1人でたくさんの願い事は禁止です!」 七夕サイトに住む?ネットゴースト、オリオリとヒコヒコのうち、ヒコヒコ。このキャラ、Bパートだけでキャラを立てまくる素敵なゲストキャラです。…で…ヒコヒコ…高垣彩陽さんじゃね?(汗)…EDではノンクレジットなので、もし違ったら速攻訂正しすが、最近true tears→DC2SSと即席高垣ファンの自分の耳が、多分高垣さんだと。この辺、少しは意識しないと案外気付かないんじゃ?というくらい「男の子芝居」をしていて。上記で言うと「…お金もちになりたい」の所だけ、高垣彩陽らしさ(ジャスミン、乃絵あたりに通じる表現)が感じ取れるかな?と。それ以外には、既存の高垣演技とは繋がらない、見事な少年演技をしています。やはり、高垣さんは今昇り竜状態の声優さんだなあ、と再実感。因みに、この前の回=♯13の、セイレーン歌声も、多分高垣さん。セイレーン自体の声優さんは豊崎愛生さんと記されているけれど、あの歌声の声楽的発声はまず高垣さんです。PIPOPAでは、クラスメイトの雪谷花梨として参加している高垣さんですが、雪谷さんの出番はそれほど多くない。彼女の今ののびしろや話題性、意欲などを汲み取って、それ以外のノンクレジット・キャストを割り振るのは大変に面白い、良い仕掛けだと思います。※余談ですが、他に高垣さんの参加されているアニメ「S・A」は、高垣キャラはほぼスケッチブックで会話するだけで、高垣さん使いが異様に勿体無いです。ただ、モブの今時バカップルなどを演じておられた回があって、そこは堪能させて戴きました。 さて高垣さん(ヒコヒコ)について触れた流れで、次はヒコヒコとオリオリが合体変身し、七夕サイトで願いごとを乱発するPIPOPAを諌めるシーンに入ります… ウルトラタッチだ! ってなんかバロム・1入ってる(笑)! この回の中にあって、いい感じに笑いと息抜きをもたらす「タナバタマン」変身シーン。ここも脚本演出的に、実に高度なもの。解説するのも野暮ではありますが、とりあえず律儀にそれをしてみようと思います。まず上の画像は、お父さんお母さんの世代には世にも有名な?「ウルトラタッチ」引用。〜ウルトラタッチとは!ウルトラマンAの主人公、北斗星司隊員と、南夕子隊員によるウルトラマンA変身の為の合体シーンである!〜PIPOPA七夕回におけるこの引用は、本当に周到な、完璧な引用で…放映当時精子にもなっていない僕でさえ(何言ってるの?)ここには震えた。まず、北斗隊員も南隊員も、7月7日生まれであるという事。その事から原作「ウルトラマンA」でも彼らを織姫と彦星になぞらえる演出がある事(第14話・銀河に散った五つの星)。 北斗「一年に一度、あの天の川で彦星と織姫が会うんだね」 南「彦星と織姫って恋人同士なの?」 北斗「うん」 南「そう…私たちは一体何なのかしら…」 ウルトラマンA自体この回は凄い事に、放映日が1972年7月7日なんですね。これを…PIPOPAの七夕回で…しかも7月6日放送で…更には同じ14話で用いてみせた。何このスーパー・オマージュ?オリオリとヒコヒコは毎年必ずこの期間限定サイト公開時に再会を果たしているようです。良かったね、北斗、南(ちげえよ)…ウルトラマンAは路線変更して、途中から南隊員は退場→ウルトラタッチは作品的に抹消されてしまったのですが(女のコも混ざると変身ゴッコし辛くなったかな?或いは両性具有を強調しすぎて、ニューハーフみたいでwウルトラマンAを強いと思えない少年が多かったのかな?)本家ウルトラマンでもつい最近「ウルトラマンメビウス」44話「エースの願い」にて天の川をバックにした北斗と南の再会が果たされており、PIPOPAはウルトラマンA→ウルトラマンメビウスという流れをも踏まえたうえでの引用と言えるかもしれません。そう考えだすと、ヒコヒコがオリオリに先駆けてPIPOPAに注意に向かったりするのも、完全に短気な北斗隊員オマージュだ!畜生!やりおる!orz で、更にそこから「ウルトラタッチって、バロムクロスとイメージかぶるよね」〜バロムクロスとは!「バロム・1」で白鳥健太郎と木戸猛がその友情波によって正義の超人バロム・1に変身する為の、腕をクロスさせる動作である!〜という、1972年繋がりの発想から、タナバタマンの両目で会話をするバロム・1シーンまで入れてしまう。この徹底ぶりですね。…ここまで興奮気味にオッサンホイホイの解説をしていると、そちらに特化した演出と思われてしまうかもしれません。でも凄いのは、この引用は、伝わる事を全く必要としていないんですね。最低限「七夕=織姫・彦星」という常識さえあればいい話で、そんな事は知らなくてもお父さんお母さんが1分で教えられるもの。要は「織姫と彦星は仲良しだ」という感覚さえあれば、何かタッチして巨人になるのは感覚として通じるし(更に言えば、最近では「ドラゴンボールZ」の「フュージョン」が、若者層にこのイメージの伝達しやすさになっていると思います…って俺Z世代だ!w)、作品内での扱いとしても「折角タナバタマンに変身して、PIPOPAにおしおきすると思ったら、全く同じビシィ!→忠告をするだけでしたってハァこりゃこりゃ」というドッチラケオチをテンポ良く生み出しているだけなので、ここは懐かしさに頼らない演出が出来ているんですよね。なんというバランス感覚…テレ東の朝アニメは化け物か!?←バランス感覚に欠けた引用発言 まだもうちょっとだけ続くんじゃよ。と言いつつ実はここからが本題なわけですが、この回のPIPOPAは、30分の中でいくつもの要素を同時平行的に、しかも全て「七夕回」に沿った形で処理しているのです。わかりやすく<を始点、>を終点とした場合(〜は継続状態) <七夕回> という30分の娯楽としての時事ネタ大枠があったとして A 〜勇太と守のすれ違い> という、ここ数話の積み上げに1つの答えを出し B <ヒカルの願いと家族の絆〜 という、ここまではあくまで匂わせレベルで表面化していなかった問題をぼんやりと浮かび上がらせ C 〜ダイナゴン(江ノ島)はヒカルちゃんが大好き〜 という、これは永遠にオチないんじゃね?wという切ない想いに、仮初の「>」を与えてワンエピソードのカタルシスにも繋げています。しかも、えらく自然に。小難しさや理屈っぽさをまるで見せずに。 A・勇太と守 ここ数話、主人公勇太(2枚目)がネット世界に入る事ができるようになったり、様々な成長を見せている事に焦りを見せていた守(3枚目)。元々守は勇太が今の上舞市(カミマイ市。ウェブのもじり)に引っ越す前の親友で、一日違いの誕生日を一緒に祝うような間柄。それゆえに、勇太がネット世界に入る事ができるようになった、という冗談のような話も、すぐに受け入れてみせた。でも、そうは言っても彼らはまだ小学生。守がいくら賢い、ネット関連に抜群の技能をもつ少年でも…心にほんの少しでも芽生えた劣等感であったり焦燥感は拭えない。うまくいかないプログラミングにあたる日々が続いていた。…ところが、劣等感なんて話で言えば、勇太は超のつくほどのPCオンチで、守には頼りっぱなし。そんな事言い出せばキリのない関係なんですよ。その勇太の側から、七夕で、電話口から聞こえる何か元気のない守を心配しての、この願い。それを後で聞き、微笑む守。…素晴らしいじゃないですか。すぐボーイズラブとか言う人は反省せい!と思いますが(笑)間違いなく、織姫と彦星の関係を、少年二人に当てはめてはいるんですよね。だから、全くその匂いを感じ取らないのも、また鈍感というもので。居場所は遠い2人も、電話で心を繋いでみせている。これは作品デザインにも通じる話ですけど、とにかくネットをウェットに描こう…ちょっと韻意識しすぎ?ネットを人肌の暖かさの感じられるものにしようというかね…という試みがなされていて。今のネット普及率でここまで配慮する必要があるのか?と思ってしまうくらい、ネット世界のビジュアル化から何から、感覚的にわかりやすい、難しくない表現をしています。そもそもこの世界の「ネットゴースト」って自然崇拝の延長線ですしね。八百万の神。その「ものに心は宿る」の「もの」(自然)の対象を、0と1の世界にも広げた、という解釈もできるわけです(現代の家電や流通商品にまで広げたアニメでは「かみちゅ!」が印象的)ここでも携帯電話という、メールにも似た「相手の顔が見えない」と上の世代に否定されがちなものに肯定的に血を通わせており、このあたりの電子への優しさ…まなざしは、作品の基本だと思われます。短冊の、願いごとなら「守が元気になりますように」じゃ?とでもツッコメてしまうような、想い先行の文章も味わい深い。 B・ひかるの物語 僕は冒頭で「ひかるちゃんは可愛い記号一点の徒手空拳キャラだ!(そしてそこが凄い!)」みたいな評価をしていて、それは確かに本音ではあるのですが、イコールずっとそのまま、というわけではない。ひかるちゃんにはひかるちゃんのストーリーが存在している、という事を匂わせたのも、この回の功績と言えるでしょう。タナバタマンの警告空しく、大暴れするPIPOPA(正しくは、短冊の大量書き込み)。それによって七夕サイトに嵐が吹き荒れる中、自らの願いがつけられた竹を必死に守ろうとするひかる。その時は勇太には「ナイショ☆」とお茶目にかわしていたひかるだったが、夜、星空を見上げながら物憂げな表情をするひかるのカットに挟まれたのは、ひかるの短冊「みんな仲良く」。 先述したように、この回には勇太と守の友情エピソードが含まれているので、この短冊の文面は、勇太・守サイドとの物語とも相性のいい、この回を象徴したテーマであるかのような錯覚をもたせやすいものです。そしてこの周到な脚本は、おそらくその事も計算しているでしょう。ただ注意したいのは、ひかるは守の事なんて知らないのだから、あくまで彼女は彼女の私的な願いとして、この事を願ったんですよね。結果的に他のエピソードがついてきただけ。彼女は、プリン大好きな可愛いおじいちゃんと2人暮らしのようです。おじいちゃんの祖父江博士が包容力もコミカルさも備えたような人物であるので、パッと見ではその家族構成への「違和(不在感)」は感じさせないように作られているものの、おそらくはこのひかるの願いは、そのあたり…家族不和?にかかっているのではないでしょうか。勇太も雪谷さんも江ノ島くんも、皆しっかりとした家族構成が描かれているだけに、この「祖父〜孫娘」の関係には仕込みがあると思われます。彼女は…ひかるちゃんは「ただ可愛い」という記号を気丈に「演じて」いるんだなあ。全く、ひかるちゃんの可愛さは異常です。 ※ちなみに「ナイショ」のシーン。こんなシーンがあるんだから、勇太と守のボーイズラブとか単純に言い出すの禁止!…って僕がこう言える材料がある事自体が、やっぱりこの回がどこまでも用意周到という事を示しているなあ…。 C・ダイナゴン(江ノ島くん)の一途な想い この回の一話完結回としてのポイントは、毎年七夕サイトに降臨する伝説のポエマー、ダイナゴンさんの謎。現在2年連続で最優秀書き込みの座をゲットするダイナゴンさんは、クラスでも憧れの的。雪谷さんが頬を染め、ダイナゴンさんの書き込みの素晴らしさを語る中(2枚目)クラスのガキ大将的ポジション、江ノ島くんはつまらなさげ。…江ノ島くんが登場したついでに書きますが、この「ネットゴーストPIPOPA」は、電脳世界を描いた作品でありながら、昭和の子供社会に根ざした、藤子Fの日常SF(すこしふしぎ)的なキャラ配置もなされているんですよね。これはおそらく前述の、ネット世界を暖かく描こう!という意図から生まれた配置だと思いますが…。後、基本配置が日本人に深く浸透しているので、大体の関係性を省略(圧縮)できて、その上での個々のオリジナルを積み上げる事ができる、という技術的なメリットもあります。とにかくひかるちゃんが「ヒロイン然としたヒロイン」なのもそこから繋がる話で、「ジャイアンやブタゴリラにも憧れられるしずちゃん(ミヨちゃん)」の世界です…と当てはめた事からもわかるように、この世界におけるジャイアン、江ノ島くんは当然ひかるちゃんの事が大好き。一枚目は、リアルよりも更にほんのちょっと誇張表現された、江ノ島くんの脳内での「憧れのひかるちゃん」。 ↑のシーンはAパート前半で、これだけだと七夕だのなんだのくだらねえ!フン!という風に見える…ように演出しておいて、実は後半、そのダイナゴンの正体が江ノ島くんだという事が(視聴者だけに)発覚します。見た目がゴツイキャラがポエミーという味付け自体は特段オリジナリティのあるものではないのですが、とにかく話運びが上手い。Aパート直後、江ノ島くんがお裾分けの「普段10個くらいはペロリ」な饅頭を断る理由が「胸いっぱいだ」。この時点で「江ノ島くん、顔に似合わず感性が少女漫画だなぁ」というのを軽く積んでおいて、ダイナゴンの短冊が書き込まれた時、文章内容でその正体と、冒頭の仕込みに気付くようにできている。いつもなら 10個食べれる大福も 光るあの娘を想うと 胸もたれる…57577にしては「想うと」以降の字あまり感が凄かったり、ポエミーな割には大食漢でなければ想いつけないような内容だったり、かと思えば「ひかるちゃん」と「光るあの娘」で綺麗に合わせていたり、でもそもそも七夕サイトに投稿した割には願いも何にもありゃせんねwな本当に詩でしかなかったり…異様にツッコミ所に溢れた短冊ですが(笑)。確かに心の美しさが伝わってきます。3年連続最優秀書き込みおめでとうございます、ダイナゴンさん。 〜っと!?言う事は!?江ノ島くんは3年間もずーっとこのポエミーな想いを抱き続けてるんですよねええええ!orz江ノ島ー!おま、お前って男は…!(涙)主人公とヒロインが仲良くなっていくなか、脇でやきもきしているガキ大将。そんな位置を取りながら、彼のピュア・ハートに胸撃たれる回です。しかも、ここまで来てAパートの、↑画像のシーンにまるで違う意味が出てくる事がわかるでしょうか。そう、雪谷さんは可愛いです。声も高垣あやひーだし(関係ねえよ)。でも!彼女をはじめとしたクラスの女子がダイナゴンさん話題で頬を染めていても、江ノ島くんの眼中にはない!「フン」てなもんなんですよ!あれはダイナゴンの甘っちょろい話題を「くだらない」と一蹴していた表情ではなかったんですね。もう一途なんだ!江ノ島くんは、心の底からひかるちゃんしか観ていないんだよー!!…いい男です。そんな一途な江ノ島くんは、たとえ顔がこんなんで、キャラ配置的にアレでも、その想いに値するだけのリターンを与えられていい筈だ。 …と、視聴者が江ノ島くんの真心に心打たれた事を計算した上での、ラスト。江ノ島くんの実家である和菓子屋「江のしま」に、饅頭を買いにくるひかるちゃん。ダイナゴンさんの書き込みの影響で、と恥ずかしそうに告げながら。…江ノ島…(一枚目の表情は、冒頭の「フン」を脳裏に浮かべてみるものだ!)!江ノ島くんが自らをダイナゴンと明かす日は、ちょっと考えられない。ひかるちゃんも、あのポエムでメルヘンな人が江ノ島くんだと知る事はないでしょう(知る事があったら、それこそ男版逆転現象…当サイトで言うと「雨宮もとい江ノ島現象」スタートだよ!)。しかし、だからこそ美しい、一話の中だけでの物語の神からのサービスですね。それは一年に一度だけだから美しい、七夕のように。…そして4クールアニメである本作品にとって、一年は「全部」です。物語全体から一度の、江ノ島くんに訪れた、夏の朝の幻なんですよ…これが、単発回としてのカタルシス。凄いですね。隙がなさすぎてビックリな回です。例え最終的に幸福な結末を迎えなかったとしても、想い続ける事の肯定・祝福(江ノ島)。相手を慮る事の意味(勇太・守)、個人の事情から他者にまで通じる優しさ(みんな優しく)。少年少女の関係性のバリエーションを使って、身近にして芳醇なエピソードを生み出しているのが伝わってきます。こういうことを…30分という、本と違って誰にも等しい「時間」という間の中で組み立ててしまっている所に、僕がアニメに感動する理由がある。等しい時間の中に収めてくれたのだから、僕らはその30分、作り手からの取りこぼしがないよう、全力でTVを見つめるべきなのです…全部の作品が、これくらい「詰まって」いるとは限らないですけどね。 一話をワイワイ楽しいアニメにする分には、前半に書いた「オリオリ・ヒコヒコ〜タナバタマン」だけでも十分勝負できてしまうはずなんですよね。なのに、そこで収めていない。脚本濃度・圧縮率・わかりやすさ・娯楽性…あらゆる角度からみても、屈指の一話だという主張が伝わっていれば幸いです。ちなみに!今回のサブ(隠れ)テーマとしてはまだ「ネット荒らし対策」というものもあって(笑)。ブログ炎上にも通じる話ですが、とりあえずPIPOPAのネット概念ではサイト。PIPOPAは悪気なくとにかく「凄いネットゴーストになりたい!」という叫びを続けて(ルール違反の書き込みをしまくって)、それを勿論こちらも悪気のない、オリオリとヒコヒコが諌める(上から気味の正当レスで批判する)。するとお子様なPIPOPAが逆ギレして更に大声で短冊増やしまくって(大量書き込みして)オリオリ・ヒコヒコもタナバタマン化して大声で叱る(負のレスキャッチボール)。そこで七夕サイトに嵐が起きて(荒らしw)…で、それを沈めたのは、ダイナゴンの、真心溢れる優しい詩(書き込み)でした、っていう…w削除やスルーという対応もあるんですが、それは子供向けアニメの結論には成り得ないですよね。このテーマの場合、ひかるちゃんの短冊「みんな仲良く」はそのままの意味をもって、この回を締めるわけです。そういう意味でも、万全すぎて鼻血が出てくるような一話。噛めば噛むほど味が出る。プロフェッショナルなアニメだ!僕は深いキャラクター造形も、重厚な物語も、壮大なテーマも大好きです。…でも、その一方で、こういう作品を評価する眼を失いたくない。←こういうこっぱずかしい、ある種の「初志」を思い出させてくれる一話なのでした。PIPOPAさいこーう。ひかるちゃんの可愛さはいじょーう。以上ー(笑)。
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