■序文
「雨宮ゆり子」とは一体何者なのか?―――この問いに答える前に、僕は現状のラブコメ系のヒロインに観られる二つの構造を提示しておきたい。「序列型」と「並列型」…と僕が名付けたのだが、前者は、まずヒロイン(恋愛対象の可能性を持ちうる女性キャラ)が二人並んだ場合に、直感的に「上位」の者と、「下位」の者が判別できるヒロイン構造。後者はヒロインは「並列」に扱われ、特に順位が存在しないヒロイン構造である。恋愛アドベンチャーの複数ヒロイン制などを代表的に考えて良いが、昔からダブル・ヒロインと言われる体制はあって、これも「並列型」の一つと言える。(トリプル・ヒロインは……なにかあったっけなあ?)
最近だと「ToLOVEる」のララ、西蓮寺春菜がこれに当る。(作品全体としては「下位ヒロイン」が存在しているので「序列型」に分類しようと思う)ダブルヒロインで衝撃のラストを迎えたものとしては「いなかっぺ大将」のハナちゃんと、キクちゃんの両方ともが大左ェ門と結婚するなんてものもあるが、ここらへんダブルヒロインは昔のものになるとあまり強烈な恋愛劇には発展しない印象がある。
ここで最初の問いに答えたい。雨宮ゆり子とは「下位ヒロイン」である。2001年から2003年まで週刊少年チャンピオンにて連載された「ななか6/17」における序列二位のヒロインである。思い起こしてみて欲しい。僕らは「きまぐれオレンジロード」や「めぞん一刻」を読む時、最終的にひかるちゃんや、こずえちゃんに、主人公の心が向かわない事を知っていた。これは(少なくともマンガを読み慣れた)ほとんど大多数の読者が特に疑問にも持たずに受け入れていたルールのはずである。
それもそのハズで、それは作者が“そのように演出的誘導をする”からである。多くの読者が主人公たちの選ぶ結末に対して「良かった」「ハッピーエンドだ」と思えるようにシナリオを設置する。それは昔の作品になるほど、読者が「あの(「下位」の)娘を選ばないなんて、おかしい!」と思われてしまう事を→読者に納得できない結末を与えてしまった→“作品的失敗”と考える傾向があるのか、強固にそのルールは組み込まれる。結果「上位(序列一位)ヒロイン」は“運命的な演出”に守られ、逆に「下位ヒロイン」は反動的に運命の支援もつかず“最初から決まっていた事”としてふられて行ったのである。
しかし、同時に作者と言えど何パーセントかの読者の心から、完全に排除する事は出来なかったはずである。物語をハラハラさせるその為に用意されたキャラクター、悪い言葉で言えば咬ませ犬である彼女たちの、ひたむきな前進と、約束された玉砕に心撃たれる者を完全に排除する事など出来ようはずもなかった。「あの娘が可哀想やんか!」と。「なんであの娘じゃ駄目なんだよ!」と。…それがつまりは「並列型」のヒロイン構造の呼び水となるのだが、今はそれは後に回し、先に語らなくてはならない事がある。
これは運命に翻弄されながらも 己の意志を貫いた少女たちの物語。
まず、「雨宮ゆり子」登場以前に居た下位ヒロインたちの中で僕の印象に残る戦士たちを紹介し、その上で雨宮の物語に入りたい。「ひかるちゃんのどこが悪いんじゃー!!」とか「こずえちゃんのどこが悪いんじゃー!!」とか、「カナコの…、いや、それぞれの心に残る、小さな恋物語の、小さな負け往く宿命(さだめ)のヒロインたちに心を奪われた事がある人ならば、少し、お付き合いいただきたい。
■螺旋戦士・杉村秋美(「翔んだカップル」より)
| | (左)登場時の杉村さん。(右)その後、眼鏡をとった杉村さん。 ……うむ!どことなく面影は同じかもしれない!(´・ω・`)
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「翔んだカップル」とは1978年より週刊少年マガジンで連載され、実写映画化、及びテレビドラマ化を果たした伝説のラブコメディである。同時に最近ある種の物語パターンとして言われるようになってきた「鬱展開」というものの先鞭を付けた作品でもあると思うのだが……今回はその事は割愛し、また別の機会としたい。これに登場する「序列二位」のヒロイン・杉村秋美は、僕が知る中では、おそらく最強クラスの螺旋戦士である。序文で述べたが、昔の作品になる程「序列」に対する縛りは強固なのだ。その意味で、勝てなかった事を除けば雨宮よりも強い戦士と言えるかもしれない。(…勝てなかったっていうか……視点を変えれば杉村さんの完全なワンサイドゲームなんだけど…)
ふとした事から、運命的に高校生の身でありながら同じ部屋で共同生活を送る事になった主人公の田代勇介と、ヒロイン(序列一位)の山葉圭。この共同生活は次第に周囲にバレそうになって終了し、二人は離れて暮らし始めるのだけど、その間、何故か(笑)田代勇介に惹かれて彼に近づき、二人の関係を知りながらも、勇介の心の中に絶妙に割って入ったのが杉村秋美である。
離れて暮らすようになった後、圭には色々な男性が近づいてくるのだが…どうも上手く行かない。…というかハッキリ言えば一線を越えさせない付き合いが続く、一方、勇介は杉村さんとの付き合いにかなりのめり込むのだが、どうしても圭の事が気になる。また、杉村さんはその事を見抜いている……という関係が続くのだが、勇介も圭も今一つ、心の隙間が埋まらないのは二人が惹かれ合っているからという理由が付けられる。
山葉圭というキャラクターは、僕から評価を下せば「序列一位」という地位に徹底的に守られた普通の女の子である。先ほどから繰り返し述べているように、昔のマンガは「序列」に対するルールが強固であり、かつ「序列一位」に納まるヒロインとは読者の好みを最大公約数的に受けきる使命を持っていた。この場合、圭は活発で無邪気だが、どこか古風で貞淑な面も持っているという性格を与えられている…僕に言わせると絵に描いたような(実際、絵なんだけど)最大公約数ヒロインといってよく、正直なんの感慨もわかないキャラクターである。
しかし、杉村さんは違う!違うんだ!読めば分かる!そもそも杉村さんは画像を見れば分かるように、当初「序列二位」の地位を与える予定があったかどうかも分からない造詣で登場する。そして次第に勇介と話す機会を持ち、万を持して「眼鏡を取ったら美少女!」という往年中の往年の展開を与えられてからは、加速度的にそのキャラクターを伸ばし、圭(序列一位ヒロイン)を脅やかし、物語を盛り上げる存在として、普通の女の子である圭との対比として徹底的にエキセントリックな魅力を携えて行く。
彼女は学年一位のガリ勉として設定され学業一辺倒の性格に思われて周りからは敬遠されている。しかし、一度眼鏡を外すと凄い美人!w家に帰ると一人暮らしでこっそりワインを飲んでいたりもする。気分が晴れないとタバコも吸おうとする(すぐ止めたみたいだけど)。ゲームセンターにも行く。単なる融通のきかない勉強家ではなく、その性質は本来自由奔放。その奔放な行動の中に勉強に打ち込むというものも入っている娘なのだ。成績の悪い勇介と同じクラスになるため、テストを全教科白紙で出すような度胸もある。そのくせ雷は死ぬほど怖いらしく泣きながら勇介にしがみついたりする(演技だったという可能性もあるが…)。あと適当に勉強に飽きちゃって鼻歌歌っていたり……こう、もう、やたらに色々なサプライズを持ち込んでくる娘なのだ。(まあ、おとなしく貞淑な娘を放ったらかして遊びなれた女にうつつをぬかす男ってパターンは昔からあるんですけど…それが成績学年一位の本来は無口なメガネっ娘だったって配合が絶妙に利いたんだと思う)
圭はお酒も飲まないし、タバコも吸わない。テストの態度は至って真面目(でも杉村さんみたく学年トップにはなれない)しらっと成績の悪い勇介と違うクラスへ行ってしまうし。んじゃ、彼女が一体何をしたかというと、ちょっと勇介につれない態度をとるだけなのだ。でも!それでも勇介は圭の事が好きなのだ!杉村秋美(序列二位)は山葉圭(序列一位)に勝てないのだ!…もう、摩訶不思議としか言いようがないんだけど「どれは、そういうもの」と言われてしまうと、こちらも「…そっすか(棒読み)」としか言いようがない。また、杉村さんは全て分かっていて(いつか勇介が自分から離れる事が分かっていて)一種独特の諦観を醸し出しながら、勇介との付き合いを続けて行く。
そうして終わりの時は、杉村さんの留学という形で不意に訪れる。…何というか勇介の心にどうしても圭の事が残ってしまうのを見抜いたのか、それとも自分自身が勇介と最終的に上手く行かなくなる事を恐れたのか、自ら留学という道を選び「勇介くん、圭ちゃんと仲良くなってね…」という謎の言葉を残して勇介の前から去ってしまう。…いや、言葉を選ぶのは止めよう、敢えて言おう。これは奴らの陰謀なんだ!!(´・ω・`)この頃の“奴ら”は「序列一位」のヒロインが敗れるという事態を決して許さなかった。もし、ここで勇介と杉村さんが結ばれてしまったら、最初にあった勇介と圭の「運命的な共同生活」の意味が、物語としてまるで分からないものになる。正しい予兆、正しい伏線を配置し、正しく回収する。もし、杉村さんと勇介を真にくっつけるのであれば、最初からガリ勉で敬遠される杉村さんに勇介がもっと優しく近づくエピソードを最初に配置したものでなければ到底受け入れられない…。彼らはその事に異様に拘った。それが物語を送り出す彼らの矜持だったのかもしれないが(ギャグマンガがバトルマンガになっても気にしないのに…)それによって、杉村さんをはじめとする様々な「下位ヒロイン」たちは時に、こういった理不尽な展開によって謀殺されていったのだ!!本論はその告発の意味もあるんだよおー!!!(血涙)(な、なんだって〜!?)
柳沢先生自身は、この杉村さんをかなりイメージよく動かしていたとは思うんですが、しかし、作者の間にもこの「序列のルール」は支配的で、同時に困ってもいたはずで……進んでこの展開に乗ったのだと思います。そして、杉村さんの、代わりとも言えるキャラ「絵理」が登場し、さらにディープな男女のもつれに発展して行くんですが…………まあ、一度ついた勢いというものを止められるものではなく、回が進んでしばらくすると杉村さんは半年後に帰ってくる事が宣言されます。(「杉村さんを出せ」という投書が殺到したのか、目に見えて人気が落ちたのか…しかし、これこそ不自然な展開というものだけど…)そして既に絵理とは肉体関係に達していた(いや、何か後でそこまで行っていないって話になったけど)勇介に対し圭は「あなたには責任があるのよ!」と言い放って走り去ります。(ここらへんでまた鬱な展開があるんだけど割愛!)これに対して帰ってきた杉村さんは、しらっと「責任はどっちもどっち、半々よ。だいいち、男女の事で責任がどうのこうのってわたしは嫌いよ」(勇介と絵理の過去を)受け流します。……まあ、ここらへんで僕は杉村さんの勝ち!と思ってしまうんですけどね…wそれでも勇介は圭が気になるのですよ…wあ〜あ…(遠い目)
そこから先の展開は、勇介〜圭〜杉村の三角関係が強固に保たれ、いくらかの展開もあるのですが、大きくこの関係を揺るがすものではなかったです。(いや、杉村さんは先に言ったテストを全教科白紙で出したり、親からの仕送りなしで一人暮らしの生活を始めたり、いちいち凄いんですが…)そして、物語は彼らの卒業をもって、決着をつける事無く幕を閉じてゆきます。なんとな〜く、勇介と圭の物語がこれからはじまる…ような雰囲気を残してw(…絶対そうはならないだろうけどwだってこれまでだってそうだったんだものw…というか僕は未読ですが「翔んだカップル」の続編は本当にそんな感じらしいですね)
勇介と杉村さんがくっつけば、この物語はキレイな結末を迎える事ができたかどうかは分かりません。…というか正直、多分、そんな感じにはならない(汗)杉村さんはあまりに超然としていて、勇介なしでも全然生きて行けそうに見えるからw(汗)しかし、強かった。目が離せなかった。その圧倒的なキャラの強さで、普通の女の子である山葉圭に頑として正着のラインを与えなかった希代の「下位」ヒロイン。しかし自身も「序列のルール」に阻まれ突破を果たす事ができなかった悲劇のヒロイン。それが杉村秋美なのだ。
2008/05/08
第二回につづく
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